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2003 年
10 月
21 日 竹内県議の本を読み、脱ダム宣言の目的をあらためて認識 〜さわやか早苗日記129〜 |
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治水・利水ダム等検討委員会で県内各地の河川で脱ダムの方向が決まり、各地で流域検討委員会が開かれている。 県民協働ネットの竹内久幸県議が2年程前に書いた「脱ダム宣言と治水への住民参加」を読んだ。竹内議員は長野市議の時から浅川流域の治水に真剣に取り組んでいて、大変思いのこもった内容でした。 中に竹内県議が師と仰ぐ島田秀雄さんの「わが町の水辺の未来の夢」という論文が紹介されていた。これは15年前に建設省の懸賞論文として入選したもので、沿岸の人々による千曲川委員会のもとに、流域の人々の良識と治水に対しての行動や連帯感によって、人が川と共に生きる未来の姿を書いたもので、ステキな文章。そこには、治水には小さな積み重ねが重要と書かれている。 これをバイブルとした竹内議員は、田中知事になる前の県議会で「降った雨を川に流さないことが重要、雨水貯留の施設整備に県独自の助成を」と質問し、当時の土木部長光家氏は「現在の所難しい」と回答。これまでの国の治水対策は、ダムにばかり大きな補助金をつけ、小さな積み重ねには目を向けて来なかった。 そのおかしさを問うたのが田中知事の「脱ダム宣言」、それはダム反対などという小さな目的ではなく、誰もがおかしいと思う日本の政治の仕組みにメスを入れるためのものだったのだと、この本を読んで私はあらためて思った。そのことを、良く分かっていたのが、実は竹内議員であり、光家土木部長だったのではないか。分かっていたけれど、壁が破れずいた、それを田中知事が見事にやってしまった・・・。 また、田中知事になったからこそ、竹内議員は検討委員会を提案、可決することが出来、また流域協議会が開かれるようになったのでは。田中知事と竹内議員が、同じ目的に向かっていることは間違いないように思う。 本の中で、私が違うと思ったことがあります。光家土木部長を長野県の情報公開の功労者と言っているところ。松本糸魚川連絡道路の情報公開では、光家さんのもと白いテープが貼られて出てきた沢山の書類は、田中知事になってからテープが外された。 さて私は、安曇野任意合併協議会や穂高町の住民向けの資料に、「おや?」と思っていることがあり、今日は県のまちづくり支援室に相談に行った。私の願いは住民には本当のことを、分かりやすく知らせて欲しいということ、合併を誘導するような資料の出し方は避けるべきです。 わが町の水辺の未来の夢 | ||
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