北山 早苗 http://sanae.voicejapan.net
活動報告バックナンバー
2004 年 2 月 5 日
私だって泰阜村で松島村長に守られたい。意欲ある職員と市民会議
〜さわやか早苗日記201〜
 ここのところマスコミは連日、泰阜村民の田中知事についての長野市長の発言などを報じている。私は自治体研究社から出ている"「安心の村」は自律の村"という、松島貞治・泰阜村村長が書いた本を読んだ。中にある松島村長の言葉を紹介したい。
 「いつの時代にも国策に左右されながら、犠牲となるのは、国策を決めた人たちではなく一般庶民であることに深い憤りを覚える。国策を選んだ故、不幸を抱えた(泰阜村では満州に1200人送り、半数が死亡、残留孤児も多い)この史実をどう考えたらいいのであろうか。今日の合併問題も、時代状況こそ違え、財政的に厳しく、その対応のためのまさに国策であることを思うと、当時の村長の苦悩が重なる」
 「(昭和初期の恐慌時の)学校美術館建立の精神、"貧(ひん)しても貪(どん)せず"こそが注目される。苦しいから合併という短絡的な発想でいいのであろうか。この地に住む住民を守るのは、財政、つまりお金ではなく、村を思う心ではないのだろうか」
 「弱者と呼べるような高齢者も、この村であったら老いていけると考える、そんな安心感を提供することこそ、行政の仕事。それをやるのは国ではなく、市町村である。常に、最前線のサービスは我々がやっている」
 「(あらたな自治のスタイルを模索し)広域行政を充実したり県の補助を受け、スリム化した村がおこなう住民と直結したサービスは、福祉であり教育であり子育て支援ということになる。村役場は、まさに住民とともに村を支える拠り所となる。夜昼問わず、村や地域を考える人たちが集まり、役場を拠点に地域を考えていく。行政サービスは住民が作り出すものであり、役場職員はそのコーディネーターとなる。そんないきいきした役場があればこそ地域が守られる」
 私はこれを読んで、こんな村長に守ってもらいたいと思った。こんな村長のいる役場に集まって、みんなでワイワイ話し合ったら、楽しいだろうなあ。田中知事が泰阜村に住民税を払いたいと転居した理由が良く分かった。
 留守がちな私の代わりに、夕方のTVニュースをビデオに撮ってくれている夫が、「あんなことばかり言っているW市長の顔を見れば見るほど、俺だってN市に住みたくなくなる」と言っていた。

 さて、今日は県営烏川渓谷緑地市民会議が初めて開かれた。税金の無駄使いではないかと言われた吉村県政時のような都市公園整備。田中知事のもとでは、第2次整備区域では森林整備の手法で、住民と行政の協働による新しい森の公園づくりをめざすことが決まった。私も昨年の県議会・一般質問の中で何度か取り上げている。
 豊科建設事務所ではこれを「市民会議を軸にした、市民の手による森の公園づくり」として知事に直接提案、平成16年の長野県モデル創造枠事業の中で予算要求している。
 市民会議には30名ほどの住民が会員に申込み、会則について考えたり、今後の取り組みへの希望を話したりした。会則には「入会は随時」「それぞれの発言を尊重」「積極的かつ建設的な発言を行う」などとある。森を愛し創る意欲ある人の集まりでありたい。
 市民会議は新たな試みとして注目され、県庁からも都市建設課、林務部、地球環境課などから職員が来た。会議の最後、県庁職員が「これまでは上から押さえつけてきた。これからは違う、求める方が求めるように創る、それを職員がサポートし、具現化する。みなさんが進む真っ白な道の、私たちはよきパートナーでありたい」と話した。豊科建設事務所は努力している。田中県政になり、私は色んな場面で、意欲溢れる職員がコツコツ頑張っていることを感じる。先の、「職員はコーディネーター」という松島村長の言葉とも重なる。

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