北山 早苗 http://sanae.voicejapan.net
活動報告バックナンバー
2004 年 4 月 16 日
拾ヶ堰ワークショップ続き、イラクで行方不明の安田純平さん
〜さわやか早苗日記242〜
(拾ヶ堰ワークショップ続き)きっと多くの農家の方は、安曇野の自然や風景を守る思いもあり田んぼで汗水流し、おいしいお米の命である水も汚ず、地域の子どもも大事にしているのだと思う。また、良い環境を維持する為に、農業を守りたいという意識は多くの人々の中にある。私も地元産のものを多く買い、地産地消や信州産農産物の販売に力を入れる事は田中知事の重要政策だ。

 有明の家や虹の村では、心に障害を持つ青年たちの居場所を、親もクライアントも協力しカツカツだが支え合っている。安らぐ場所でありながらも、実は24時間体制の気の抜けない場所でもる。それをこれまで行政の援助を受けずにやってきた。県職員が来られても、尋ねられれば現状のみを静かに話し、決して援助が欲しいとはいわない。そこで聞く話がいつも人の心を打つのは、ホンモノだからである。全体がよくならなければ、自分も良くならない、夢は叶わないことを知っているのは、つらい思いをしながらもまじめにコツコツ暮らしている人たちである。


 イラクの3人が解放された。これは、自衛隊の派遣に反対し、米軍主導ではないイラクの平和的な復興を望む多くの日本国民の気持ちが、イラクの人々に通じた結果だ。
 しかし、14日にバグダッド西方で武装勢力に拘束されたフリージャーナリスト、安田純平さんと、市民団体メンバーで元自衛官、渡辺修孝さんの安否についてはまだ不明だ。昨日人質解放を伝えるニュースの中で、福田官房長官は二人が行方不明になっている事に触れ、「迷惑だ」と言っていた。ひどい話だ。
 安田純平さんは、元信濃毎日新聞の記者。波田町の友人によると、東筑摩郡担当だった事があり、自然保護などについてを熱心に取材したりしていたそうだ。昨年イラク戦争が始まった時に取材に行きたいと申し出たが許されず、会社を辞めてフリーになり、イラクに行ったそうだ。とても熱い思いのある記者だと話していた。
 安田さんは、人質となり今回解放された高遠菜穂子さんとは、取材を通して知り合いで、彼女が人質になった時に以下のような(一部を紹介)記事を書き、日本に送ってきて、4月12日・東京新聞に掲載された。安田さんのこのような活動が、3人の人質が解放される原動力になった事は間違いない。このようなことを無視した、政府の発言は許されるものではない。

『ナホコは戻ってくるの?』  安田純平
「ナホコは戻ってくるのか?」イラクの首都バクダットでは、人質となった高遠菜穂子さん(34)の支援を受けたストリートチルドレンたちが、不安そうに安否を気遣っていた。市内にあるストリートチルドレンのたまり場を訪ねると、十代後半とみられる五人の少年たちが手を振りながら近寄ってきた。高遠さんらが武装武力によって、自衛隊撤退の人質にされたことは彼らも知っていた。
「親もいない、家もないおれたちにナホコは食べ物をくれたり、靴をくれたりしてくれた。事件を聞いて本当に驚いた。」

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