北山 早苗 http://sanae.voicejapan.net
活動報告バックナンバー
2004 年 6 月 10 日
富山県へ屋敷林の調査、なぜか議運に入れなかったあおぞら
〜さわやか早苗日記265〜
 今日は、「あおぞら」の私、林奉文議員、宮川速雄議員の3人で富山県の砺波市と隣の井波町に屋敷林の調査に来た。富山の農家は水田のなかに点在していて(散居)、どの農家も昔は立派な屋敷林があった。このあたりでは屋敷林をカイニョと言う。カイニョは、防風林の役目だけではなく、昔は家を建てる時の柱、暖房や肥料に使われていて、切った後に出て来た木などを育てて来たもの、それぞれの家が家の周りに生活に必要な林を持っていたということだ。

 井波町の中でも、すばらしいカイニョがある杉森さんのお宅にうかがい、奥さんにお話を聞いた。樹齢250年ほど、高さ25〜30mの杉の大木が何本もあり、その他の種類も入れると、高木が35本、中低木が100本以上も家の庭にある。これだけの木が残っている家は少なく、意識しないと残せない、家族でカイニョを守っているお宅だと、案内してくださったカイニョ倶楽部代表の柏木さんが話された。杉の巨木が門柱代わりになっている様子(写真)などに、古木とつきあう為にわざと不便ささを選んでいることがわかる。中に入っていくと、庭は森の中のように、苔むしていてひんやりしていた。何十年も前に切った大きな切り株の跡が地面の所々に残り、そこから新しい木が育っている様子もよくわかった。家も150年前のもので、太いケヤキの梁や柱の立派な家だった。

 現在カイニョの残っている家は1万戸ほど、どんどん減っていて、元気なカイニュは1/3ほど。カイニョの危機は2度あったそうで、まず、昭和19〜20年の戦争時の巨木の拠出。杉森家では道が狭くて運び出せず、最後まで残っていたが、非国民になってはいけないと3本切ってはもらったものの運び出せなかった。48〜55年の耕地整理のときにもカイニョが減り、水田の畦にあった木もほとんど切られた。最近は下水道工事で家を直す時に木を切る家が多く、カイニョは3度目の危機にある。
 富山県ではカイニョを残す為に調査研究を始め、井波町では田園空間整備補助事業で、自然友の会など住民に依頼して調査し、カイニョの散策マップや本を作った。このように紹介されると、我が家のカイニョを誇りに思い、守っていこうという気持ちも湧いてくると杉森さんが言っていた。また住民協定を結び、地区で話し合いながらカイニョを手入れする場合には、補助金が出ている。
 安曇野にも屋敷林があり、松本地方事務所が調査を始めたが、このような取り組みを参考にぜひ守っていってほしい。

 さて、富山に出かける前に県議会議会運営委員会があり、あおぞらをメンバーに入れるかなどが話し合われた。宮川さんがオブザーバで出席。議運は現在11人定員で、あおぞらを除く10会派全部から入っている。議会の運営に関わるものであり、いろんな立場の県民の声を反映させる為にも、あおぞらでは、2人の最小人数の公明党も含む全ての会派が入れるようにとお願いした。しかし、結果は2月の県議会で決めた通りで、変更はしないとされ、あおぞらはメンバーに加えてもらえないことになった。
 定員は条例で議会が決めたことなので、変えることは出来るのに、変更したくないというのが理由とは・・・、単にあおぞらを入れたくないだけの意地悪にすぎない。何で、そんなに口封じをしたいのか?でも、「あおぞらを入れない方がよっぽど怖いのにね」と言っていた人もいる。さて??

当サイトの著作権は北山 早苗 にあります。