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2004 年
11 月
4 日 馬籠を失いたくない、11月21日(日)午後1時から大集会 〜さわやか早苗日記321〜 |
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今日は松本医科歯科大学の会議室で、「田中知事に越県合併を提案させない」ことを求める会が開かれ、中信地域などから70人余りが集まり、私も参加した。会の名称が『越県合併について考える県民一人一人の会』と決まり、全県的な運動に広げて行く事が確認された。 また、11月21日(日)午後1時から、松本市浅間文化センターで、井出孫六さんを講師に大シンポジウムを開催する事も決まった。 また会では、島崎藤村の生まれた信州・木曽の山口村馬籠を失うことは、長野県民が魂や誇り、アイデンティティ(自分の心の拠り所)を失うことだということを、皆で確認し合った。 参加された方は恐らく皆、生粋の長野県人(一人岐阜県から参加)。他県で生まれ育ち、都会で生活後、信州に移り住んだのは、私一人きりだったかもしれない。そんな私は、藤村の馬籠だから失いたくないという気持ちにはなれず、馬籠の藤村が自分のアイデンティティーとは、正直なところ思えない。 私はもっと単純で、山口村や馬籠のような素晴らしい宝を長野県は手放してしまって良いのだろうかと思い、宝を大事にしない長野県は、悲しいと思ってしまう。 私は安曇野という長野県の宝に惹かれて、移り住んで来た。私のような人は沢山いる。同じ長野県の宝である馬籠は大事にしたい。 安曇野でも、もともとそこに暮らして来た人は、自分の住んでいる地域の価値が往々にしてわからない。離れた時に初めて、あるいは他所から来た人には、その価値がわかるのだ。山口村の人の中にも、案外、自分の住んでいる所の価値に気づいていない人がいるのではないだろうか? 岐阜県になっても、馬籠の価値は変わらないと言うかもしれない。では、安曇野が松本市になったら、どうなる?安曇野で松本市になりたいのは梓川村だけで、多くの人は望んでいない。それは、松本市になったら安曇野が安曇野でなくなってしまい、安曇野の価値はなくなって行くからだ。つまり、信州・木曽の馬籠だからこそ、価値があることを忘れてはいけないと思う。 今日は県議会総務警察委員会が山口村を視察に行ったそうだ。「山口村民が決めたことだから、岐阜に行けば良い」と言う県議たちもまた、長野県の持っている価値、宝がわかっていないとしか思えない。そういう人は、自分の住む地域の価値、宝もさほど意識したことがないのではないか? なぜなら、田中知事や私のように、えてして余所者扱いされる者が、山口村に岐阜県に行かないで欲しいと願い、生粋の長野県人ばかりの県議たちが売国奴と化しているからだ。 私のこの日記に、感情論だと言う方がいるかもしれない。基盤が岐阜・中津川市にある山口村民の生活を何と考えると。しかし、我が家も買い物は穂高より、豊科の方が多い、生活に関しては合併しない今でもボーダレス、合併しようとしまいと関係ない。 また、山口村は合併しないと破滅するのか?山口村の村長は合併の住民説明会で自律は破滅だと繰り返し、住民に恐怖をあおって来た。職員数を減らす、職員、議員、村長など3役の給料削減などの自律案は示してこなかった。しかし、合併に疑問を持つ住民の皆さんは、自律の場合のシュミレーションを示し、十分やって行けると主張している。 また、合併しても自律は必要。そうなった時に、大きな中津川市の中で小さな山口村は、観光資源だけ大事にされ、あとは放っておかれる可能性も大いにある。市議が一人も出せない可能性もある。役場も、農協も、交番も、何もなくなった村には人は住まず、若い人から出て行き、さびれる。これは、歴史がすでに証明していることだ。 | ||
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