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2004 年
12 月
5 日 県境の村調査・小谷2、県境の地へは気持ちの上での支援策を 〜さわやか早苗日記326〜 |
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(前回の続き)11月24、25日とあおぞらでは県境の村調査で北安曇郡小谷村へ行って来た。大網、戸土(とど)集落は小谷村であっても、新潟県に一旦入らないと行かれない。 小谷村では、雪対策、有休農地の基盤整備と作付け、村単独の道づくり、村営バスの運行など、栄村と同じく、地域にあったきめ細やかな独自な取り組みを進めている。 また、住民グループによる地域活性化への取り組みに補助金を出す地域自立支援事業や、今年長野県が新しく実施した「集落創生交付金」を利用した集落起業事業を立ち上げ、集落活性化の活動や施設整備に補助を行っている。職員全員を19の班に編成し担当職員を決めて、地域の人たちと一緒に行動する体制にしている。 特に女性団体が郷土の味の特産品づくりなどを熱心に行い、商工会ともタイアップして活躍している。帰りに寄った小谷道の駅には、お土産物として売られていた。土産物は大町、安曇野、松本あたりで作られたものが多かったが、やはりそこの土地で作られたものが欲しい。道の駅の商品の半分以上が小谷の味で占められたり、小谷をはじめ長野県の田舎で作られるものが、安全安心で美味しいと、都会の店に並び喜ばれるようになって欲しいものだ。 お土産に買った、山間の清浄な空気や水、土で育った小谷村の野菜、お味噌と漬け物とは美味しかった。 村長さんは、遅れている道路の整備を望んでいた。小谷村にもう1本の道路という話はずっと以前からあったが、国道1本しか無い地域は日本中のあちこちにある。 松本糸魚川連絡道路は、建設理由に「小谷にもう1本の道路を」と掲げられていたが、村長は「起点が豊科からになり、良かった。豊科ICからのアクセスを良くする必要はあるが」と、波田町起点の安曇野山麓縦断計画でなくなったことを歓迎していた。 むしろ、国道未整備箇所の整備を急ぐこと(あと僅かなのだが、難所の為か20年かかると言われているそうだ)、生活道路の整備に力を注ぐべきと感じた。 さて、あおぞらでは県境の村調査をして来たが、県としてこのような地域に暮らす人たちへの支援はどうあるべきなのだろうか? 山口村への支援は県平均の2.7倍であったそうだが、山口村に限らず辺境の地への支援はハード面に偏ってはいなかったのだろうか? 春に行った根羽村では「県庁が遠く感じる」と言っていた。気持ちの上で遠いということであり、この解消を考えないといけない。テレビも新聞も他県の情報が届くのみの状況を解決するには、県の費用でアンテナを設置する、長野県版の新聞を集会場などで見られるように宅急便で送る、新聞掲載の長野県広報は区長宛にいち早く郵送し回覧板で回すなど、考えられる。 また、高齢で一人暮らしが出来なくなった時に必ず入れる福祉施設が村にあるなど、山間の地であっても安心して暮せることが大事。若い人が住んでいれば安心につながる。例えば町村に派遣されている県職員の中にも馬坂や大網のような県境の山間地で暮らしてみたいと考える人だっていると思う。 岐阜県美濃市では伝統の和紙づくりの技術を後世に残すため、他地域から若者を受け入れ、伝統工芸師のもとで育てている。このような地域の伝統産業を守り育てることも大切だ。 小谷村の戸土では、6年に1度の諏訪大社の御柱の際に、神域の境を確認する為に戸土の神社の杉の木に、諏訪大社の象徴である薙鎌(なぎがま)をうち付ける神事がある。かつては分校まであった戸土だが30年程前地滑りで糸魚川に降り、現在2軒あるのみ。しかし、戸土の人々は長野県人として県境の地を守って生きているのだと思う。 小谷村・大宮諏訪神社 | ||
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