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2005 年
6 月
4 日 公害を13年もの間放置し、耳を貸さなかったのは誰か? 〜さわやか早苗日記383〜 |
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一昨日(2日)飯山堆肥センターの悪臭公害の完全解決を求め、地元吉地区の皆さんが、全25戸中24戸の署名を持って、田中知事のもとを訪れた。この問題をあおぞらでは昨年から県議会で取り上げ、私の日記でも何度も触れて来た。吉地区の皆さんが知事宛に提出した文書によると、飯山堆肥センターは13年前に飯山市が「臭い一つしないクリーンな堆肥センター」と誘致し、市長が立会人になり、地元集落と堆肥センターの間で『協定書』を交わした。 しかし工場が稼働したとたん、強烈な腐敗臭に悩まされた。平成12年、臭いを限りなく0に近づける設備工事をすると、許可を地元に求めたため、「悪臭が発生したら堆肥センターは移転させる」という確約書が、市長と地元の間で交わされた。 ところが、硫酸や次亜塩素酸ソーダ等を使った脱臭方法により、住民は胸を刺す化学薬品臭にも悩まされ、化学物質により周辺の里山が枯れた。 さらに、最初の約束では、堆肥原料は周辺の集落汚泥と畜糞、茸栽培で出た大鋸屑だったが、堆肥センターではトンあたり数万円の引き取り量が貰える都市下水道汚泥を原料にするようになった。 重金属が含まれる汚泥堆肥を使いたがる農家はいない。平成10年には飯山国営開発農地に、飯山堆肥センターが大量に引き受けた重金属を含む大量の汚泥が捨てられ、大問題になった。当時の新聞には、県内のみならず関東など10都県の地方公共団体の下水汚泥や屎尿、一般企業の汚泥も搬入されていたと報じられた。 吉地区の文書には、長年放置して来た野積み堆肥や、冬場の堆肥の保管場所だと言い工場横に造ったストックヤードの臭突からも、悪臭のある白煙を吹き上げ、公害を撒き散らかしたとある。ストックヤードも堆肥製造施設であったわけだ。 このような公害を13年もの間放置して来た飯山市、また指導的立場にある県の責任は重い。 吉地区の皆さんの「21世紀の今日このような無法の前近代的社会がまかり通るとは信じられない気持ちだ」という訴えの文書と署名を手にした田中知事は、「13年もの長きに渡り声に耳を傾けず、対処する努力が足りなかった深い反省の上に立ち、全力を挙げて取り組む。しがらみのある地域の中で勇気と覚悟のもとに立ち上がった住民と一緒に、県が解決したい」と話した。 近く飯山堆肥センターに対して行政処分が下される。 また同時に、飯山堆肥センター問題を放置した飯山市が中心になって建設を進める岳北広域組合ゴミ焼却炉について、3市町村の住民が県に公害調停の申し入れを行った(5/18日記参照)。 「市町村の管理責任である一般廃棄物であっても、処理施設建設にあたっては県の指導を求める。同様の問題が他地域でもおこらぬよう、県がめざす廃棄物条例には、是非、一般廃棄物を入れて欲しい」という住民の訴えに対して、知事は「現場で日々苦悩されている方々が調停を求めることを重く受け止める。一般、産業廃棄物の問題を住民と一緒にあるべき姿にしていくのが条例の目的」と話した。 田中知事が知事であるからこそ、住民が長い年月泣き寝入りをしていた問題が解決の方向に向かった。 飯山市の皆さんからは、「地元の県議ではない、あおぞらの県議の皆さんが取り上げてくれた事に感謝している」と言われた。なお、反田中知事の議員たちは、衛生委員会で私が飯山堆肥センターの質問をしている間中、「そんなことは、ねえんだよ」と横やりを入れ、本会議場では国営農地に積まれた汚泥堆肥モドキから拾って来たベニヤ、釘などの廃棄物を見せると「どこから持って来たもんだかね〜」と野次を飛ばしていた。 | ||
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