北山 早苗 http://sanae.voicejapan.net
活動報告バックナンバー
2005 年 12 月 11 日
香川県の許可・指導監督の下に行われた不法投棄事件、豊島
〜さわやか早苗日記367〜
 11月16日、あおぞらでは、1990年に我が国最大の不法投棄現場として摘発され、全国に報道された豊島を視察、調査して来た。
 豊島出身の石井県議が説明をしてくれた。石井議員は人口たった1400人の豊島から、島民の代表として立候補し、人口30000人の大票田の小豆島の住民に、不法投棄問題解決や「陳情型政治から参加型政治へ変える、住民に冷淡な官僚型政治を変える、弱者と同じ目線の政治家を選んで」と訴え、当選した人だ。
 瀬戸内海の小島、豊島は、豊かな島と書く名前通り、豊かな自然と心豊かな人々が住んでいる島だ。ここに、悪質業者によって島の国立公園内に13年に渡り、有害産業廃棄物が不法に野焼きされ埋め立てられた。事業者の計画を知った当初から、住民は反対運動を展開したが、香川県は「住民エゴ」と決めつけ、聞き入れようとしなかったため、業者は違法操業を繰り返した。その結果、香川県の許可・指導監督の下に行われた不法投棄事件となってしまった。
 90年の兵庫県警による摘発後、残された大量の有害産廃の撤去について、10年に渡る36回の公害調停を経て、住民と香川県の間に合意が成立した。この間にも豊島住民は、県庁前でたちんぼうの抗議行動、県内中をメッセージウォーク、県内100カ所座談会とチラシ配り、県議選挙などを通して、香川県民に豊島の現状と「美しい島であり続けたい」「安心して暮らしたい」という当たり前の願いが叶う政治をと、訴え続けた。
 反対運動時の監視小屋を利用した記念館の壁には、多くの共に闘った島民の名前が掲げられていたが、1/3以上に喪章が貼られ、30年近くもの長い闘いの年月を感じた。(写真、写っている人は石井県議)豊島は豊かな島を取り戻す為の運動を通して、大変な苦悩を味わったが、民主主義と住民自治を確立した。

 現在、国と県の負担で、有害廃棄物は隣の直島に運ばれ処理されているが、運び出すための施設と処理施設の整備に200億円以上、ランニングコストは年間30億円近くかかっている。
 受け入れ先の直島は、明治時代から銅精錬企業の城下町として栄えた島だが、脱硫装置の無い時代に丸坊主になった山は、今でも回復していない。直島では、企業と一緒に国のエコタウン事業の補助金を受け、豊島の産廃をスラグにする溶融炉や、全国から受け入れる産廃から有価金属を取り出すリサイクル施設、溶融飛灰再資源化施設が造られた。豊島の産廃が「資源化・リサイクルについての環境産業」として、不況が長引く中で操業が危ぶまれていた直島の製錬所の復活、雇用確保、地域活性化の火種と位置づけられた。
 銅の鉱石からは1%の銅しか取れないが、産廃からは3%の銅が取れるため、豊島の廃棄物は都市鉱山だとも聞いた。しかし、何百億円もの税金を使って処理するような鉱山が、これ以上増えて良いはずはない。

 長野県内にも、業者の不法行為を行政がチェックして来なかった、あるいは知っていて目をつぶっていたり、住民の不安の声に耳を貸さなかった為に、違法操業が繰り返され、田畑や人里近くの山や沢がストック公害の現場と化してしまっている場所が沢山ある。
 田中知事になってからの長野県は以前に比べたら、住民の声に耳を傾け、違法操業に対して厳しい措置をとるようになって来た。しかし、現地職員を通すと、住民の声が県責任者の所に正確に伝わらないという指摘もある。また、ストック公害についての対処方法を、県は確立していない。美しい環境と安心な暮らしを願う住民の願いや声に、どう具体的施策で答えて行くつもりか、私は12月7日の一般質問で答弁を求めた。
北山早苗・12月県議会一般質問

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