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2006 年
1 月
3 日 専門高校生への援助活動をしてきた宮澤氏を、否決した県議会 〜さわやか早苗日記374〜 |
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暮れに、県採用のホットサポートとして学校に週3回、学習活動のお手伝いに行っている方に、話を聞いた。英語や体育の授業のサポートの他、不登校の子ども達の居場所として儲けられた学級に行っている。 学校や授業を教師の視点からではなく見てみると、驚く事もあるようだ。例えば、英会話のための外国人の専門教師(AET‥‥アシスタント・イングリッシュ・ティーチャー)の活用が、1授業の間に3分しかない事。本場の発音で聞いたり話したりする大事さは言わずもがな、子供達だって、外国人の先生に教われば自然に英語が好きになるはずだ。 (日本人の)英語の先生が、詰め込み教育のカリキュラムや週3回の英語の授業の中で、教えなくてはいけない内容をこなすので精一杯なのかもしれない。結局は教師自身が受験のための英語から、逃れらない。 ホットサポートの方からは、こんな話も聞いた。不登校の子ども達の学級で、英語の教科書の音読CDを聞かせたいと思ったが、CDは学年に2つだけしかなく、思うように貸りられない。ダビングしようとしたら、著作権にふれるからダメと先生に言われた。思いきって教科書会社に電話で尋ねたら、販売をするわけではないのだから、かまいませんとの事。 これを聞いた校長先生が驚いたそうだが、驚いたのは、ダビングOKということより、教科書会社に直接聞いてまでして、子供たちに聞かせたいという思いにだろう。英語の教師より、正規の教師ではない人の方が、本当の意味で英語教育に熱心だったと言う事だ。 先生はみな、子供たちの事をすごく思っている、それは認めるところだ。でも、その思いが独りよがりであってはいけない。子供は社会の皆で育てるのだと自覚する事が大事ではないだろうか。 子供は色んな可能性を持っているから、その可能性を引き出すための役が実は先生なのだと思えば良い。可能性を引き出すのは、ものだったり、人だったりするから、先生はできるだけ子供が興味を持ちそうな形で、ものや人に出会わせてあげるコーディネーターであれば良いのだ。学校の先生が、すべてを教えられるスーパーマンではない。 これは、何も学校に限った事だけではない。教育委員会も同じだ。教員や退職教員だけの教育委員会が良い等と、今時誰も思ってはいない。社会が多様化し変化する中で、子供を社会全体で育てる必要性は増々高まっている。 しかし、12月県議会の教育委員長の再任否決は、これに逆行している。教育関係者と民間のバランスが悪いから等と言う理由で、長年、専門高校の生徒たちに援助して来た宮澤元教育委員長を否決した。 この他に、宮澤さんが高校再編について「白紙撤回をする」と言わず、知事の言うなりだからという否決理由もある。先日電話で話した際、宮澤さんは「知事から何かを指示された事は、一度もない」と言っていた。また、「教育委員会は合議制だから、私の一存では決定できない」とも言っていた。つまり本会議の場で、県議に白紙撤回しろと言われても、言えるわけがないのだ。 こういうルールや、宮澤さん自身の教育への実践や思いを無視して、右から左まで多くの県議が、宮澤さんを政争の具にして否決した。 私は、「宮澤さんがなさって来たような、専門高校生への支援を、議員の皆さんは実際になさって来たか?ご自身の事と照らし合わせて、お考えいただきたい」と賛成討論で言った。「このような宮澤さんの本当の姿を見ようとせず、宮澤さんを否定できるほど、議員とは偉いものなのか?」とも。 結果からすると、やはり、議員とは偉いのだろう。偉くない私には、否決理由が理解出来ない。 私の教育委員再任・賛成討論 | ||
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