| http://sanae.voicejapan.net |
|
2006 年
2 月
9 日 事実を闇に葬った県議会百条委員会、長野県政の歴史に汚点! 〜さわやか早苗日記381〜 |
||
|
8日、県議会百条委員会は、公文書の隠蔽・破棄の問題で、田中知事は公文書の認識があったとし、知事が職員の文書破棄を容認した事は、言外において公文書破棄を指示した事になり、またそれ故、知事が「破棄を指示していない」と証言したことが、偽証に当たると認定した。 一方で、あおぞらが、偽証認定を主張していた、『岡部氏が「働きかけ文書」を非公開とし破棄するよう動き始めたのは「知事の指示を受けて」ではなく、岡部氏の「独断」であり、岡部氏の「私が初めてこの公文書問題に対して関与したのは、2003年10月9日午前9時28分、知事から私のところにメールが来て、そのあと知事に1階知事室に呼ばれた。その時点からの関与」という証言は、虚偽であり、偽証にあたる。』『岡部氏証言の「出さない方向で調整して」という、9日知事室での「知事の指示」は、岡部氏の作り話であり、偽証にあたる。』は、反対多数で否決された。 百条で、当時の下水道課長・田附氏は、「平成15年10月8日に、岡部氏との最初の話の中で、公文書には当たらないのではないかと強く言われ、このことを下水道課職員に説明し、理解を得るよう指示をされた」と証言している。 しかし、岡部氏は、「私が初めてこの公文書問題に対して関与したのは、9日9時28分、知事から私のところにメールが来て、そのあと知事に1階知事室に呼ばれた。その時点からの関与だ」と証言している。 二人の証言は食い違っている。 しかし、岡部氏証言を裏付けるものは、本人の証言だけで、客観的事実は何一つない。 一方で、田附氏の証言は9日午前10:55、岡部氏から知事に宛てたメール「田附課長さんは、午前中出張との事です。お昼に会って、再度課長として決断するよう促します」によって、裏付けられる。 この「働きかけ文書」隠蔽の報告メールで、岡部氏は「再度」と書いていて、このメールを送る以前に1度以上 、田附氏に「働きかけ文書」を隠蔽するよう決断を促したことがある 、ということになる。 ところが、田附氏は9日の午前9時15分ごろから11時50分ごろまでの間、出張で県庁内にはいなかったことが判明している。 つまり、岡部氏が「働きかけ文書」の非公開について田附氏に最初に話をしたのは8日ということになり、岡部氏の9日からという証言は、偽証であると言わざるを得ない。 従って、岡部氏が「働きかけ文書」を非公開とし破棄するよう動き始めたのは、「知事の指示を受けて」ではなく、岡部氏の「独断」であり、これは、事実だ。 この『事実』を、県議会は否決し、闇に葬った。 闇に葬りたい理由は一つ。「9日に知事室に呼ばれて指示をされた」という岡部証言から、百条委員会が始まった。これを覆せば、それこそ、百条委員会そのものの存在意義が問われるからだ。 知事の無実を証明する事だって、百条の使命だったはずだ。 ところが、あおぞらの主張する「8日から動き出したのは、岡部氏の『独断』」の、『独断』を「(9日以降に)破棄の報告を送っていたにもかかわらず、知事は破棄を止めなかったから、岡部氏の『独断』ではない」とすり替えた上、知事は破棄を容認したとして、「指示していない」と言った知事を偽証としてしまった。 百条は、知事選を睨んだ田中降ろし、政治闘争が目的だからだ。 事実を認めず、すり替え、ねじ曲げた長野県議会・百条委員会は、県政の歴史に大きな汚点を残してしまった。 あおぞら『岡部氏偽証の主張』 | ||
|
|
| 当サイトの著作権は北山 早苗 にあります。 |