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2006 年
9 月
2 日 論功行賞人事はダメ!村井知事に申し入れ。超田中ってまさか‥‥ 〜さわやか早苗日記408〜 |
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昨日、9月1日、村井新知事が登庁し、午後は県議会各会派を挨拶回りした。あおぞらは、早速5点について申し入れた。 平成18年9月1日 長野県知事 村井 仁 様 長野県議会 あおぞら 代表 北山早苗、林 奉文、宮川速雄 村井県政のスタートにあたり、以下の項目について申し入れます。 選挙の結果は厳粛に受け止め、是々非々の立場で、これまでと同じく県政のチェックと提言を行っていきます。 【申し入れ事項】 1 、副知事人事は、論功行賞で行わないこと。 2 、7月の豪雨災害の復旧について、速やかに行うとともに、県独自の支援策を行うこと。 3 、障害者自律支援法によって、本人負担の増大や、障がい者の通所施設の大幅な収入減などの矛盾が増大しており、国への制度改正を求めるとともに、県独自の支援策を検討すること。 4 、平成19年以降、財政再建団体への転落も想定されることから、財政健全化への取り組みを、引き続き行うこと。 5、 新たな道路を造ることよりも、先に、現道の改良(交差点の拡幅や立体化、歩道設置等)を行うなど、今あるものを有効に使うことに、優先的に税金を投入すること。 <1、について> 田中県政時には、副知事を始め、教育委員、監査委員など多くの人事が、県議会によって、大した理由もなく否決された。最近では、文教委員会では「フリースクールってなんだや」という議員に反対されたり、本会議場では全く反対討論もないまま否決されることが殆どだった。 あおぞらは、そのような否決はおかしいと言い、余程のことがないかぎり、人事は県民から選ばれた知事の専決事項であり、知事が県政運営上必要だから提案したのであって、認めるようにと主張して来た。これは、村井さんが知事であっても、あおぞらは同じ立場を貫き通すつもりだった。 しかし、村井知事が、副知事に自身の選対本部長の腰原元大町市長を提案するという、新聞報道に驚いた。 こればかりは、常軌を逸していると言わざるを得ない。 これまでに県議会は、田中知事の人事案に対して、田中康夫の知り合いだからいけない、選挙で応援している人だからいけない等という理由で否決して来た。 でも、村井さんの選対本部長を副知事にというのは、田中さんで言えば穂苅さんを副知事にということだ。これは論功行賞人事に他ならず、これを県議会が認めれば、むちゃくちゃな話である。 さすがに、村井さんを応援した県議たちからも、「困った、、、」という声が聞こえて来ているようだ。自民党の某大物県議が「腰原はマズイ」と言ったが、村井さんは耳を貸さないという噂も聞こえて来ている。ホント?? <5、について> 村井知事は市民タイムスのインタビューに答えて、中部自動車道については、現道改良を急ぐとしているのに、なぜか、松本糸魚川連絡道路については、田中県政の方針であった「波田町から豊科インターに起点変更」ではなく、波田町起点の計画を重んじたいなどと言っている。 しかし、地域高規格道路については、国交省は最初の自動車専用道路でということから、現道改良で良いという方針に転換して来ており、田中県政の方針もこれに沿ったものだ。 新設道路には国からの補助金が出るが、交差点の拡幅や歩道設置などの現道改良は県単事業のものも多い。国がわざわざ現道改良でもOKと言っている地域高規格道路の補助金を使わない手はない。豊科インターからオリンピック道路を通って大町に至る現道の改良を進めて欲しい。 先日開かれた、国交省と安曇野市による「県安曇野地域における公共交通システム構築のための検討会」では、観光客の安曇野までのアクセスに関する満足度は「満足」「やや満足」が、94.5%であったという。観光には豊科インターがあれば十分だ。安曇野の住民ニーズも現道を良くして欲しいということだ。大北地域の住民にとっても、こども病院や信大付属病院へのアクセスは、豊科インター起点の方がはるかに便利だ。波田起点の新たな自動車専用道路は不要だ。 知事なのだから、こういうニーズにちゃんと耳を傾け、衆議員時代の波田起点などという認識で凝り固まった頭を、解して欲しい。 <その他> また初日の1日、村井知事は、松林憲治・経営戦略局長を参事(収納推進担当)とし、後任に浦野昭治・県農業信用基金協会専務理事を起用する4日付の幹部級人事異動を内示したそうだ。田中前県政で中枢部門だった同局の顔触れをまず刷新するべく、ほかに3人を経営戦略局外に異動するとのこと。 「金曜日に内示、月曜日に異動なんて、田中県政よりも荒っぽい人事異動だ」と、言っていた人がいた。まさか、『超田中』というのが、こういうことなら、県民が期待していたことと意味がまるで違う。人の意見に耳を貸さず頑固、論功行賞もなんのその、なあんてことが『超田中』というのなら、止めてもらいたい。 <その他2> カーテンが閉まったままのガラス張りの知事室や、がらんとした県民ホールを2階から眺めていたら、3階から何と茅野実氏が降りて来た。知事室をご訪問したのだろうか。村井新知事には会えたのか?この人は、知事と親密な関係でいたくて、また、3階に足しげく通いたくて、あるときは田中氏、あるときは村井氏を応援したのかな? ちなみに、最後まで田中さんを応援した平安堂会長の平野稔氏は、6年間で知事室を訪れたのはたった1回だという。 | ||
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