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2009 年
5 月
11 日 市民と県が森の公園づくりする烏川公園の指定管理移行は疑問!県は舞岡公園に学ぶべき! 〜さわやか早苗日記512〜 |
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実は、長野県では、県直営で運営管理をしている県営烏川渓谷緑地公園を、来年度から全面的に指定管理に移行したいとして、この6月県議会に「直営」をはずす条例改正を提案し、可決後に指定管理業者を募集、12月県議会で管理者を承認議決してもらう予定で、県は進めようとしている。 これには大変疑問がある、そこで、市民と行政の公園づくりのコラボレーションが大変上手く行っている舞岡公園に、永井一雄県議と小林東一郎県議も誘って、調査してきた。 県営烏川渓谷緑地公園(以下烏川公園と省略)は、平成14年に開園した水辺エリア(15.7ha)と17年開園の森林エリア(28ha)に分かれ、北アルプスの常念岳・蝶ヶ岳を源とする烏川渓流やそこに生育する動植物などの多様な自然環境を保全し、活用することを目標とした公園だ。 この方針に沿って、現在、烏川公園は、市民と県職員(安曇野建設事務所)が、公園づくりや維持管理について話し合い、特に森林エリアは、建物などの施設は極力造らず、(市民会議の森林班や植物班メンバーが主になった)市民ボランティアと県が森づくりを一緒にしている。 管理委託を廃止するという国からの方針で、財団法人長野県公園公社へ管理委託していた7つの県立公園は、県直営か指定管理に移行することになり、烏川公園を除く6公園は平成18年度から指定管理へ移行。烏川公園はまだ整備中であるため、直営で管理運営するということになっていた。 ところが、県は烏川公園の整備が終わったという理由で、指定管理への移行を決め、一緒に森の公園づくりをして来た市民に伝えたのが、昨年11月。突然、市民会議の座長だけに。市民会議で市民側は、県のやり方があまりに性急すぎるとして、6月県議会に指定管理の条例改正を提案するのはやめて欲しいと意見を言ったが、県は方針を変えるつもりはない。 森の公園づくりにかかわっている市民の意向を無視した県の進め方の他にも、烏川公園の指定管理移行には、多くの問題がある。 幾つか例としてあげれば、 ・県が公園整備は終わったと言っているが、森づくりに終わりはない。特に植林され放置されていた里山を県が買収し公園にした森林エリアは、間伐などがずっと必要で、整備の終了はない。 ・他の県営公園や県営施設と違い、指定管理者が収益をあげられる施設が烏川公園には全くない。指定管理業者は県からの委託料のみで管理運営費を賄うため、収益をあげようとすれば、人件費を押さえることになりかねない。現在、県から1年契約の低賃金で雇用されているにもかかわらず、管理や来園者への対応のほか、学校単位で訪れる小中学生への自然インストラクターとして、献身的に尽くされている専門的知識を有した管理人の、採用や処遇が保障されない。 ・指定管理制度が始まって数年が経った今、問題点が浮き彫りに。指定管理の公募、非公募の基準が曖昧、公募の選定委員会の問題(県職員が4人、民間が1人)、選定にあたっての情報公開が殆どなされていない等、不透明部分が多い。入札制度は一般競争入札が当たり前になりつつあるが、指定管理者の選定については、指名競争入札とも言われかねない状況。最終的には県議会の承認議決を経て指定管理者が決まるが、よほどの理由がなければ、議会としては反対しにくい。 ・そもそも、指定管理にする意義は何か?そこをはき違えている自治体が多い。それぞれ県営施設の目的と市民にとってのベター何か?、その実現のために、指定管理か、直営か、あるいは完全な民営化が良いのかという方法で、管理の形態を考えるべきなのに、経費や職員の削減だけが目的で、指定管理へ移行(しようと)している。 7日の現地調査の結果、上記のような問題点が『ない』形で、大変上手く指定管理を一部取り入れたのが、横浜市の舞岡公園だとわかった。 舞岡公園は、横浜戸塚区の住宅地の中に残された、田園や雑木林の風景が広がる自然公園。谷戸(やと)という台地や丘陵に小さな谷が複雑に刻み込まれた、横浜の特徴的な地域がそのまま保全されている。湧水と小川、山の上や斜面には雑木林、谷間には田んぼ(谷戸田)が広がり、さまざまな生き物がすみ、伝統的な農林業と自然とが共生している「里山の自然」が谷戸。今の横浜では、谷戸は殆ど残っていない。 舞岡地区では、里山を愛する地元ボランティア市民が、この谷戸を守るための公園つくりを1983年ころに始めた。横浜市営公園としてオープンしたのは1992年で、今では約500の団体が舞岡公園を育む会として活動している。 開園までの10年間、横浜市環境創造局と市民団体(まいおか水と緑の会)が、雑木林の手入れや水田の復元、動植物調査などを行いながら、他に殆ど例のない公園の維持と管理に向けて少しずつ試行錯誤を重ねてきた。 オープン後の1993年に市民団体「舞岡公園を育む会」が発足、横浜市から管理運営委託を受け、田園体験活動他の管理運営を行なうことになった。94年には、田畑の作業の計画や指導が出来る人材を育成する舞岡公園谷戸学校がスタートした。2000年には「育む会」を改組し、「舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会」が発足。 その後、国の管理委託廃止方針があったが、これまでの市民が主体となって来た活動を維持・サポートするために、そこに指定管理制度を導入することにし、小谷戸の里管理運営委員会が指定管理者に移行した。毎年、市は2100万円ほどを管理運営委員会に経費として払い、委員会では、寄付や事業参加費で得た200万円ほどの収入と併せて、人件費や管理費、事務用品費、事業費などに充てている。 管理の人員体制は常勤の事務局長、副事務局長が各1名、パートの事務局員3名だが、他に年間のべ1万人のボランティア(クラスでやってくる小学生なども含む)と、そのボランティアを指導する谷戸学校卒業生の有償ボランティア(交通費+弁当代で半日2千円程度)により、田園体験活動を中心とした自然・文化体験事業の運営が行なわれている。 無農薬・無科学肥料の田畑、雑木林、古民家等の文化・自然体験施設を指定管理とし、あとは市の直営管理で、そこには立ち入り禁止の保護区もある。互いの管理区域は分けてあるが、自然の中に境を引いてないので、月1回のミーティングなどで調整している。 公園の目標は「昭和30年代の横浜の原風景を残す」こと。開園前とその後の合わせて25年間の、市民と行政が一緒になって取組んで来た様々な工夫と知恵が活かされて現在に至っている。更に、舞岡公園の周辺は農業の営みも続いている。 舞岡に比べ、長野県烏川渓谷緑地公園での市民と行政による森の公園づくりは、まだたったの5年、それなのに、全面的に指定管理にして、公園の管理運営から市民とのコラボレートまで業者にまかせてしまおうというのは、早すぎる!県は、舞岡公園のやり方を勉強するべきだ。 長野県営烏川渓谷緑地公園 | ||
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| ■ 北山 早苗 |