波田の行き場のない澱んだ水の中に石を投げ込み、大きな波紋!町長選に果敢に挑戦したあやさん http://sanae.voicejapan.net
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2009 年 7 月 13 日
波田の行き場のない澱んだ水の中に石を投げ込み、大きな波紋!町長選に果敢に挑戦したあやさん
〜さわやか早苗日記516〜
小林あやさん
昨日は、波田町の町長選挙だった。
 現職で、来春に向けての松本市との合併を推進して来た太田典夫町長に、新人で女性の小林あやさんが「今の松本にに丸投げの合併協議でよいのか?」「対等な合併協議をする!」と手をあげ、挑んだ選挙だった。
 結果は、現職の太田氏が4959票で再選され、小林あやさんは2484票で届かなかった。しかし、投票した人の3人に1人は、今の太田町長の松本市との合併協議の進め方に疑問票を投じたということで、小林さんの登場は、選挙中に、太田氏側にも「松本市と対等な協議を進めたい」と言わせる結果となった。

 小林あやさんは33歳、学習塾を経営しながら、通訳ボランティアや児童相談所のメンタルフレンドなどの弱い立場におかれた子どもたちの支援をして来られた人だ。お父さん(故人)が町会議員をやられたり、川田龍平参議院議員の応援をして来たとはいえ、これまで政治的な問題に大きくかかわって来られたわけではない小林あやさんが、突然、波田町長選に立候補を表明した。
 町長選公示の前日(月曜日)の新聞で立候補表明を知り、ビックリして、夜遅く小林さんのお家を尋ねた。実は小林あやさんのお父さんやお母さんとは、私は以前からの知り合いで、あやさんとも何度かお会いしたことがある。でも、立候補のことは何も聞いていなかった。
 あすから選挙が始まるのだから、とにかく顔だけ見て、すぐ帰るつもりだったのに、話しを聴き始めると、あやさんがあまりに純粋で、一途で、けなげだったので、手をあげたことに感激してしまい、ついつい話し込んでしまった…。

 あやさんの合併協議に対する考えは、「町民が選択した松本市との合併協議は続ける、しかし、来年3月という期限にこだわって、松本市の決定に全て従う今のような合併協議で良いのか?合併そのものが目的ではなく、私たちの願いは、町民の暮らしを向上させる手段としての合併で、このままでは、私たちは”波田らしさ”を失ってしまう」というもの。
 そのために、あやさんは、
・松本市の言いなりではなく、互いに尊重し、対等な協議をしてこそ将来に禍根を残さない合併になる
・波田の良いところを生かす協議をする…波田病院は公立病院の形態で、保育士の人数・正規職員率を維持し保育の質を守る、小中学校のAET(英語指導助手)の人数の維持、公民館活動等の補助の維持、上高地線の存続、商工会の存続など
・進行中の合併協議の経過を町民が共有し、理解を進めるため、説明機会を設け、説明責任を果たす
と、選挙を通して、町民にうったえたいという。
 他にも、町政に対して、「財政の健全化と町民の目線での行政改革」「波田病院の経営は、8500人が署名で要望した、専門家の宮下雄平氏に任せる」と。

 一方で、あやさんはこんなふうに言っていた。「だけど、北山さん、若い女性が手をあげることがこんなにも大変だとは、思ってもいなかった‥‥」と。
 すでに、手をあげて2日の間に、「選挙にするなんて、税金のムダ遣い」と言う電話があったり、「現職に反対したことがわかると、どんな嫌がらせをされるか、、、表立っては、応援は出来ない」と知り合いのおじさんに言われたり、同級生からも「子どもが小さいから、お手伝いは出来ない」と言われたりしたとのこと。
 でも、「このまま、町長の進める松本市の言いなりの合併を、してしまって良いの?きっと後悔する‥‥今、声をあげるしかない、そう思ったら、火がついちゃった‥‥」と言うのだ。

 私は、思わず、「あやちゃん、手をあげたのだから、もうあとは、5日間走り続けるしかない。選挙って、あやちゃんが感じていることを、公然と、町民に知ってもらえる、すごく良い機会なんだよね。しかも、今回のような選挙は、もうこの時、1チャンスしかないんだよね。あやちゃんが手をあげたことはすごいことだし、自信をもってうったえて。」
「選挙カーの中から町民を見つけたら、降りて走って行って、声を掛け、チラシを渡し、握手してもらう、これをとことんやれば、選挙って、こんなに楽しいものなんだと思えるし、そういう一生懸命さは、あやちゃんと会った、町民の人に絶対に届くから」と励ました。
 あやさんと2回握手(1回目は、彼女がこうやって握手するんだ、と言うので思わず2回)し、お父さんの位牌に「あやちゃんを守ってあげてください」と祈って、別れた。

 それから5日間、私は彼女には会わなかった。知り合いに応援を頼んだり、家で夜中まで公選はがきの宛名書きをしたりしたけれど。
 私は公の場で松糸道路の波田起点を反対したり、松本市との合併を反対したりしてきたので、波田町では『おたずねもの』、そんな私が表に立ったら、相手方からの、「やっぱり合併反対者」とか、「道路の反対者」とかいうネガティブキャンペーンの材料を提供してしまうことになりかねないからだ。
 でも、選挙を手伝っている知り合いに様子を聞くと、「あやは、『とことん、走り回っていると、本当に楽しい!』と言ってるよ」とか、「付き添いの人が、『あやがどんどん走って行くので、もうついて行くのが嫌』と言っている」とか、そんな話をしていて、頑張っているんだなあとわかった。

 昨日夜の9時頃、挙事務所の票待ち会場に行き、6日ぶりに彼女に会った。私は「”あやちゃん”と言いかけ、いけない、”あやさん”だ」と言い直した。小林あやさんは、6日間で、ひとまわりも、ふたまわりも大きくなったと感じた。
 結果は及ばなかったけれど、後援会長が「波田の行き場のない澱んだ水の中に、大きな石を確実に投げ込んだ」と話し、会場に集まった選挙を応援して来た人が、心からあやさんに拍手した。
 あやさんは、スッキリした表情で、「私が頑張ったのではなく、私に投票してくれた2484人という多くの町民の皆さんの、このままの合併で良いのか?という想いがあったということ」「この疑問や不満の声を、しっかりと受け止めて、松本市との合併を進めて行く責任が、町長にはあります」と、話された。
 今日の新聞にも、「小林氏が獲得した2484票の重みを太田氏はしっかりと受け止める必要がある」「太田氏には対等な協議をしている根拠を町民に分かりやすく伝え、具体的な甲賀らを示して理解を求める努力が欠かせない」「”未来が花開く形で合併協議をする”という小林あやさんの訴えが、協議のテーブルの上で展開されるよう願う」と書かれていた。
 平成の大合併は、自治体の数を半分に減らして終わろうとしているが、経済も地域も疲弊し、長く続いた自民党政権の責任が問われようとしている、今のこの時期、この時代に、地域の将来を案じ、純粋な想いから果敢に手をあげた小林あやさんに、私は最初から最後まで感動しっぱなしだった。
 こんなに切羽詰まって…、もっと早く手を上げれば…という意見もあったかもしれないが、誰も手を上げない中、声をあげるには今しかないと、諦めずに勇気を振り絞って手をあげ、5日間一生懸命駆け回りながら訴えた、33歳のステキな若い女性がいたということに、日本も捨てたもんじゃないと思う。
支援者から頑張りをたたえた花束をあやさんに マスコミの選挙結果を問う取材にも、笑顔で答えるあやさん

北山 早苗