2003 年
5 月
11 日
カテゴリ:活動報告
だれもが引きこもり予備軍の日本
〜さわやか早苗日記23〜
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朝、穂高町早起野球の開幕式に出席。仕事を持つ方達が朝5時半〜7時頃まで野球を続けている、ご苦労様です。「お早うございます、私事ですが先日の選挙ではお世話になりありがとうございました」と始まった他県議の方々のご挨拶のあと、私も「お早うございます、私事ですが、私は子供の頃体育が苦手、特に球技が大の苦手、そんな私が大人になってから水泳を始め得意なスポーツがあることがわかりました。お仕事を持ちながら野球を続けていることは大変すばらしいこと、仲間と一緒に楽しく頑張ってください!」と激励の挨拶。午後、減反の水田に草花を植えた自宅庭園を公開している浅川農園へ。多くの方が訪れオカリナの演奏を聴いたり散策、ボランティアの方々がお茶やケーキなどを振る舞っていた。この庭園の花植作業は、穂高町内のケアハウス「有明の家」に集う方達も行っているそうで、入園料はここに寄付される。庭園を後にして「有明の家」へ、全国から引きこもりの人たちが主人の波場さんを頼って訪れる家。私がおじゃまするのは4度目、ちょうどお母さんと青年が相談に。「自分がどこから来て、どこにいて、どこに行くのかわからない」と話す青年に、波場さんは「今の社会では人は生まれたときからリストラされている」と説明。家から始まり広がる社会の中で、自分が必要とされることを自ら見つけていかなければいけなくなった日本社会。それに疲れつまづいたときに、この青年に限らず、私でも誰でもアイデンティティーを失い引きこもる、今の日本社会の中では誰もがその要素を持っている。訪れた人が自分が植えた花に喜び癒される様子を見て、自分が必要とされていることを知る。「ケアハウスから出てボランティアで花を植え、自分の存在する意味を見つける、だが、そこから先がない」と波場さんは言う、「行政は立派な箱をつくり作業を提供する、しかし誰もそこに行かない」。あたりまえだ、そこにある仕事は自分が人から必要とされていることがわからない"与えてやったという作業"。作業所で2万円稼ぐより6万円の障害者手当をもらうことを体が自然に選び、社会に出ていけない。引きこもりの人が全国に200万人以上、優秀で感受性豊かな優しい人たちばかり、皆がその予備軍の日本社会。欲しいのは多くの幸せや物ではない、欲しいのは自分が必要とされるということ。
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