2004 年
5 月
10 日
カテゴリ:活動報告
まちづくりの視察3、美の基準を守っていくには何が必要か?
〜さわやか早苗日記255〜
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(前回の続き) 真鶴のまちづくりは、戦いの歴史のような感じがした。でも、私たちに説明する職員の目は、生き生きとしている。
真鶴町は半径1kmの円の中に住宅が全てはいってしまうほどの小さな町なので、通常は1回で済む住民説明会も、まちづくり条例に関しては主権の制限にも繋がる為、14回も行った。数回の修正を加えながら、1993年6月に町議会で可決、公布、1994年1月に施行された。 開発の届け出があると、職員が遠景・中景・近景から調査、美の基準に照らしてリクエストを作成し、これを協議会で審査する。施主と施工者はこれに対してどのように取り組むか回答を出す。認められ、建築された後も評価がなされる。条例施行から今年1月までに81件の届け出があったそうだ。人口9000人の町だから、確実に成果が上がっている。 美の基準を考えない業者は参加できず、道についても美の基準で考えられるようになった。 また、例えば、美の基準で建てられた『コミュニティー真鶴』は建設後、住民のアレルギー反応がなく周囲にとけ込んでいる。10年も経っている施設なのにいたずらや落書きがない、丁寧に造った建物は大事に使われると、職員は説明した。 ちなみに条例制定に携わった職員が10年以上経った今でも都市計画課に残り、まちづくりの担当をしている。新卒ではいったもう一人の担当職員も5年目になり、育っている。
真鶴のまちづくり条例は手づくりの条例という感じがした。美の見本として、真鶴のまちや家の写真がふんだんに載っており、やさしい言葉で書かれた美の基準は小奇麗な本になって、町民に配られている。写真に載っている家の人は嬉しいし、みな家や家の周りを奇麗にしようと思う。条例を誇りに思う町民は多いだろう。 とはいえ、『情報センター』建設のようなことも起きる。また、審議会の公募委員も町民は2名のみ、審議委員にお任せではなく、公募住民による審議会にならなくてはいけないと、町長は雑誌で語っている。威厳のあるまちづくり条例を許した真鶴町民もまだそこまでの意識は育っていない、これは民主主義が日本に根付いていないからだと言う。 また、町並みの美しさのもとになる石積み職人も少なくなってきて、仕事が進まず、コスト高になるのも悩み。 もう一つ、美の基準を持つまちづくり条例を危うくさせているのが、隣の湯河原町との合併問題。湯河原は温泉旅館やホテルが多く真鶴とは対照的な町だ。自治区が認められまちづくり条例が残せないなら合併しないと真鶴は言っているが、合併後、本当にそれが可能なのだろうか?首長の思い次第で変わるし、議員の数の上は真鶴は有利になれるのだろうか?心配だ。
真鶴半島突端の海岸や岬に通じる、楠などの大木の茂る『御林と魚付き林の森』(写真)や、『潮騒遊歩道』は美しかった。 美の基準の中にある『夜光虫』のキーワードには「真鶴や岩の海。ほんのひと昔前、夜の海は夜光虫の舞台であった。月夜の泳ぐひとかきに、幾千の光が夢のように漆黒の舞台に舞い散った。今、それは本当に嘘のような話になってしまった。人々はどんなに努力しても、神はもうこのような世界を与えてくれないのか?」「解決法‥‥人々は皆それぞれの思いで生きているが、夜光虫の海に思いを馳せて「美」を感じない人はいない。それぞれの思いと、努力があれば、夜光虫の海はかならずよみがえる」と書かれている。
安曇野でも美しい風景を守り、残し、創っていかないといけない。安曇野の美の基準のキーワードは何か。屋敷林、散歩道、田んぼ、水、真鶴を手本に考えてみたらどうか。しかも、行政からではなく、市民の側からできたらなお良い。
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