2004 年
10 月
13 日
カテゴリ:活動報告
**新聞止めたの反響。諦めてはいけないと教えられた私
〜さわやか早苗日記310〜
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前回の日記に「**新聞をやめた」と書いたら、メールが幾つも届いた。 「購読中止は賢明な選択。表向きとは裏腹に招致に偏向した報道に、当時既に購読を中止した」「事の本質を伝えようとしない新聞は、もはやジャーナリズムとはほど遠い存在」「地方紙寡占の弊害は計りしれない」「**新聞支局にいるいとこに『本社はどう?』と聞きいたら、『腐ってますね!』の一言」 いやはや、私と同様に感じている人が、やっぱりいるものだと驚いた。
その**新聞でさえも、議会最終日の長野県会議上の国旗掲揚決定を批判している。他の新聞も同様。 「県民に議論見えにくい」「掲揚賛成議員からも『あと一、二回議論してから採決してもよかったかも‥‥』との声が漏れるドタバタぶり。古田芙士議長は本会議終了後、一回の全協で決めたことに『ちょっと引っ掛かる思いもあった』と述べた」「議長は本日決定を突然提案、議員1人が発言を求めて挙手を続けているのを無視」「13人が退席後、残った議員の一人が『掲揚の賛否は出席議員の3分の2以上』と提案、他の議員は『それでいい、それでいい』と大合唱」
国旗掲揚が決められた件で10/10の日記に、私があおぞらの反省を書いたら「あおぞらが、分裂していると思われる」と心配してくれた人がいる。ご心配なく。会派内で意見が分かれている他所ならともかく、あおぞらは殆どの点で意見は一致している。 それに、公の場での議会活動は公開するというのが、私の公約。秘密会の代表者会についても、あおぞらの言動は公開したい。県民などのプライバシーにかかわる問題以外は、代表者会も公開すべきである。 私は意見を言わなかった宮川議員に「なぜ?」と聞いてみた。「一緒に退席した。行動で表せばよい」という回答だった。おそらく、数の上では決まってしまっているから、意見を言って何になるという諦めの気持ちからだろう。実は、私の中にもそれがあった。 私も参加した『県議会議場にSTOP!日の丸(9/4日記)』集会を主催した女性から電話があり、「これから、どうなるのでしょう」と聞かれ、私は「12月県議会から議上に掲げられる日の丸には、礼をしたくない」と話したら、「でも、まだ掲げられていないのですよ、その前に‥‥」と言われた。 これを聞き、私の中にあった諦めの気持ちを、再確認した思いになった。
私も、はなから諦めていた。手を挙げて発言した私も、発言しなかった宮川議員も、諦めていたことでは同じ。少数だからといって諦めの気持ちを持ったら、それはもう負けなのだ。 いつだって、おかしいと思って戦い始めた時には、あちらは多勢に無勢、こちらは少数、この構図は同じ、変わりない。だから、「それを変えていくことにおもしろさがあるんだよ」と、私が政治の師と尊敬する元大町市議の寺井篤樹さんは言っていた。 日記では、あの時、3人でもっと何らかの対処ができなかったのかという思いから「あおぞらとしては悔やまれる」と書いた。
昨夜、諦めずに思いきって古田議長に電話してみた。議長は留守だったが、夜遅く電話をくれた。議長の話はこれまでと変わらなかったが、「ずっと掲揚して来なかった県議会の歴史を考えた時に、これで良いのでしょうか」という私の話は、良く聞いてくれた。他の人とも一緒に議長の所に話に行きたい言うと「良いですよ」と言ってくれた。
諦めないと言う意味では、田中知事はピカイチだ。脱ダム宣言、山口村越県合併等々、普通なら「まあいいか」と逃げてしまう、その方が楽だ。田中知事は逃げずに諦めない。わたしはすごいなあと脱帽してしまう。
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