2005 年
1 月
4 日
カテゴリ:活動報告
民主主義を育む田中知事の、越県合併への無念な想い
〜さわやか早苗日記337〜
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今年も教え子たちから年賀状が届いた。「看護士国家試験に向けて勉強中」「4月からは埼玉県職員として働きます。自分の中の郷土愛がかなり大きく開花したよう」「社会人として1年目の冬です、大変な事も多いけれど周囲の人に恵まれています」 担任の1年間では、子どもの成長は目に見えるわけではない。10年、20年後の近況報告に、あらためて素敵な人に育っていることを噛み締める。 人の成長よりもっと見えにくいものが、民主主義の成長だ。
2000年の最初の知事選、我が家でのミニ集会で、道路建設の反対を訴える住民に、「白紙に戻し、もう一度話し合いましょう。民主主義はゆっくり時間がかかるもの」という田中康夫さんの言葉に、できもしないことを言う既存の政治家とは全く違う、誠実さや、包み込んでくれるような大きさを感じた。
今日、私は地元の新年会に行かずに、山口村越県合併の知事会見を聞く為に朝から県庁に。11時予定の会見が始まったのは4時近く、知事は思い悩んだ末に「国に申請する」と静かに会見した。 県民に向けてのメッセージの最後で、「この間の議論を通じて、向上心に溢れる220万県民の方々が、長野県の将来、或いは住民自治や民主主義の在り方に関し、幾許かでも沈思黙考して頂ける機会を得たとするなら、それも又、2500年前のソクラテスの昔から遅々とした歩みなれど少しずつ成熟していく私達の民主主義の過程の一つだと言えるのでは。無念な想いと共に、私は今、そう考えています。」と結んだ田中知事の言葉に、ミニ集会での言葉が重なった。
田中知事は、壊すばかりでつくってない、知事のやろうとしている事はわからないと言う人たちがいる。 目に見える形の箱モノや道路、ダムなど、これまでの首長や議員が「自分の功績」を知らしめる為に、たとえ無駄であろうと造ってきたものに対して、田中知事が育み創ろうとしているものは、住民自治や民主主義だ。その成長は目に見えず、行きつ戻りつゆっくりだ。10年、20年経ち、歴史が検証された時に見えてくる。 多くの県民が越県合併の意味を深く考えるきっかけとなったのは、知事が9月県会に提案せず、住民意向調査をしたいと言ったのが始まりだ。私たちは田中知事の創った舞台の上で、知らぬ間に思考して来たのではないだろうか。舞台の上にいる時にはわからない、しかし、あとから思い起こした時に初めて意味が分かる。
山口村のSさんからいただいた年賀状に「信州木曽山口村神坂」と書いてあった。もしかしたら次は年賀状にこの住所は書けない、どんな気持ちで書いたのだろう‥‥と想像したら、私は何と返事を書いて良いか迷った末、「また伺います」と書いた。 県民の住民自治や民主主義は少し育ったが、一方で信州人であり続ける事を諦めなければいけない人たちがいる。知事は最後の最後まで無念と人々に想いを寄せている。 長野県を溶かす魁(さきがけ)になるかも知れぬ山口村越県合併、国の小さな自治体潰しに始まる非情な政策の犠牲になるのは、真面目に働く市民だ。その県民への、知事としての無念さでもあるにちがいない。
古田議長はTVのインタビューに「ホッとしたというより、知事と同じように複雑な心境」とニコニコしながら答えていた。 無念さを噛み締めながら語った知事、人としての優しさや大きさをを感じさせる知事の想いの深さに対して、議員提案までした県議会の象徴がこれではあまりに悲しい‥‥。 知事とは違い、賛成議員は(信濃の)国を売った人、知事は最後の最後まで護ろうとした人、10年、20年後に必ずそう検証される。
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山口村越県合併・知事会見映像 |
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