2005 年
2 月
9 日
カテゴリ:活動報告
山口村閉村式。長野県民代表の知事の無念さと、声高らかな県議
〜さわやか早苗日記351〜
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今日は冷たい雨が降りしきる中、山口村の閉村式があり、一般参加してきた。 田中知事が『信州・長野県の地勢と県勢が今後、大きく変貌していくであろう萌芽とも呼ぶべき「越県」合併問題に県知事として立ち会う数奇さを、ここ数ヶ月に亘って自身の中で反芻し続けてきました』などと、挨拶を述べた(知事挨拶の全文は下記から)。 後でテレビニュースで知ったのだが、知事は終止無口だったという。山口村が岐阜県へ行ってしまう日が迫り、多くの長野県民が知事と同じく無念な気持ちでいる。また、今でも長野県民であり続けたいと願う村民の気持ちを思えば、長野県民の代表の知事として当然のことだ。
知事の挨拶に対して、議長・副議長の代理かどうかは知らないが、招待客として挨拶に立った宮澤敏文県議の雄弁なこと。 宮澤議員は、自らが越県合併を議員提案したことの正当性を再確認したくて「山口村を送り出す長野県議会の意志を誇りに思う」と声高らかに述べた。しかし一方で「どんな決断が為されたかは、後の時代が判断すること」と無責任な発言、『歴史の検証に耐えうる議論』はせずに送り出したらしい。 また、「昭和の合併は、全ての村民が越県合併を望んだが、県議会が反対し、村はまっ二つになった」「今回の合併に際して地域の皆さんの声を聞いた」と、二つの嘘も言った。 全ての村民が越県合併を望んだなら、賛成派・反対派の対立などなかったはずだ。また宮澤議員は越県合併の議員提案説明の際に、「賛成・反対どちらの住民からも意見は聞かなかった」と言っていたのに。 これを聞いていたら、式辞の最後に「ありがとう長野県、さようなら山口村」と言いながら、一方で声高らかに「温かく受け入れてくれた岐阜県と中津川市に、最後のお礼と感謝を言いたい」と言っていた山口村・加藤村長の言葉と重なって、気分が悪くなり、最後まで式典にいる気がしなくなり、また一緒に信濃の国をうたう気にもなれなくて、会場をあとにした。
夫がビデオに録っておいてくれた夕方のTVニュースでは、式典が終り、田中知事が、近寄った加藤村長に深々と挨拶をし、無言のまま帰路についたようすが映されていた。これを村長は「声を掛けたのに、知事は温かい言葉を述べるべきだ。ちったあ、幸せになって下さいよとか言うじゃないかいヨ」となじっていた。 加藤村長のこの言葉は、本当は山口村が長野県であって欲しいと願っている長野県民の感情を全く無視している。県平均の2.7倍もの財政的支援を受けてきた長野県に、後ろ足で泥をかけるような言葉を残して出ていくのと同じ。 それをまた、「知事は素通りした」と言う信州のテレビ局、思わず岐阜TVになったのか?と耳を疑った。
閉村式会場をあとにして、もうすぐ岐阜県になってしまう馬籠宿を歩いた。冬でもあり天気も悪いせいか、観光客の姿は少なく、閉まっている店も多かった。 最後まで合併反対だった親父さんの、木曽檜の製品の店に寄った。顔を見たかったが不在だった。電話ですこし話をしたが、がっくり来ている様子だった。自宅も、馬籠宿の街道に相応しく木曽檜の在来工法で建てる程、木曽の檜にこだわり、信州・木曽をこよなく愛していたと聞く。 TVニュースでは、同じく最後まで反対していた女性が、帰路につく知事の車に駆け寄り、「知事さんありがとう」と言っていた。窓を開けた知事の目が潤んでいるように見えた。
なお、長野県議会議長と副議長は閉村式には不参加、2月13日の中津川市への合併式典の方に参加とのこと。こちらも聞いた時には、岐阜県議会議員なったのか?と耳を疑いたくなった。
山口村閉村式における田中知事あいさつ |
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