2005 年
12 月
26 日
カテゴリ:活動報告
知事から指示される前に岡部氏は勝手に文書隠蔽工作を行っていた
〜さわやか早苗日記370〜
|
今日は県議会百条委員会がある。どうまとめるのか、今後の方向性を出すらしい。 12月17日には元下水道課長・田附氏が「私が元経営戦略局職員・岡部氏から、文書隠蔽を指示されたのは10月8日だ」と証言訂正し、県議会百条委員会が始まったきっかけである岡部氏の証言が、崩れた。 百条委員会は、岡部氏が『下水道改革について知事後援会元幹部との打ち合わせ記録文書の公開』について、「平成15年10月9日午前9:28に田附氏のメールを知事から転送され、知事室へ呼ばれ、田中知事の『出さない方向で』との特命を受け、田附氏に命じて記録文書を隠蔽、破棄した」と証言した事から始まった。 田中知事は、当時、経営戦略局の中で公文書公開の担当だった岡部氏に、「公文書なのかきちんとチェックして欲しい」と言っただけだと証言し、否定している。 あおぞらからは林議員が委員として出ていて、裏方の私は、証言内容の疑問点について、同じ疑問を持つ県民の方と一緒に、調査と証拠探しをして来た。
その結果、岡部氏が実は、10月8日に元下水道課長に隠蔽を命じていた事が明らかになった。
1、岡部氏は、9日午後1:31に「田附課長さんに再度来ていただきまして‥‥コピー等は、確認して回収し、処分する事」と、報告メールを知事に送っている。『再度』とは、この時点より前に、岡部氏は田附氏に会い隠蔽・破棄を指示したということだ。 2、しかし、9日の午前9時半頃〜12時頃まで、田附氏は小布施に出張で県庁内にいなかった。田附氏の出張を記録した文書‥‥下水道課の部長レク用資料と当時の課長補佐のスケージュール手帳が見つかった。 3、よって、岡部氏は知事の指示より前に田附氏に会っている事になる。それは、9日午前9:28にメールを知事から転送され、知事室へ呼ばれて特命を受けたと岡部氏が主張する前、前日の8日しかあり得ないという事だ。
4、また、岡部氏は9日午前10:55にも、知事に「田附課長さんは午前中出張との事です。お昼に会って、再度課長として決断するよう促します」とメールで報告している。午前中には会えないが、お昼に会って『再度』促すということは、この時より前、つまり8日に田附氏に会って指示をしているということだ。 5、更に、当時、知事は岡部氏に転送するより前の午前8:52に、別の職員に田附氏のメールを転送している。この職員は岡部氏に確認した上で、「岡部氏がすでに調整を進め、知事に報告する準備があると言っている」という趣旨の報告メールを、知事に送っており、これからも岡部氏が知事の指示前に動いていた事がわかった。 私たちの調査で、田中康夫氏のメールや出張記録が証拠として提出され、田附氏は、「これまで岡部氏に引きずられて指示は9日からと言って来たが、訂正する。初めて岡部氏に呼ばれ指示されたのは8日だ」と、証言訂正をした。実は田附氏は2月の総務委員会での初めての証言では、「岡部氏から指示を受け、課に戻って私文書だと主張したところ、課内が騒然とし、知事にメールを送った」と言っていた。初めの記憶が正しかったのだ。
田附氏の証言訂正をきちんと伝えた新聞は、中日新聞と長野日報のみ。あとは松林経営戦略局長を、百条委員会が「証言拒否」と決めつけた事を、大々的に報じているのみ。松林氏は別の日の証言には応じてきた。 岡部氏が知事から指示される前に、勝手に文書隠蔽工作を行っていた事実が明らかになったことを、マスコミはきちんと調べ報じる義務がある。 また、百条委員会はこのことをどう判断するのか?もみ消しは許されないはずだ。
|
|
|
活動報告 最新20
|