2006 年
6 月
5 日
カテゴリ:活動報告
政務調査費と調査活動<1>・・・危機にある小谷村山村留学
〜さわやか早苗日記395〜
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あおぞらでは、平成17年度の政務調査費の収支報告をホームページで発表している(下記クリックで、ご覧下さい)。 あおぞら議員3名分1千44万円の内、調査活動に充当しなかった¥289,185を県に返還した。返還したのは、あおぞらだけだった。 すると、*澤県議が「あおぞらは仕事をしていない」と言っているらしいと、風の便りが届いた。ちなみに、この会派、1月に、政務調査費を残さぬように?ということか、遠い沖縄に視察に出掛ける予定だったが、北信の豪雪があり県民感情に配慮し、行くのを取りやめた。でも、春になってから出掛け、沖縄の米軍基地問題などを視察して来たようだ。平和や基地問題の調査し、教養を積むのは望ましいことだ。しかし、米軍基地問題は長野県政と直接関係があるのかというと、疑問も残る。 ちなみに、青森県六ヶ所村の原発廃棄物処理施設に行ったある会派の視察は、県政には直接関係ないとして、市民オンブズマンからの監査請求の対象になった。 あおぞらでは、県議会での質問や知事部局への提案をする目的で、調査に出掛けている。また政務調査費を用いて、地域の課題について、県民の皆さんと一緒に学習会を何度も企画し開いた。 また、あおぞらでは、会議や調査に出掛けた際の食事に政務調査費は使っていない(これは、共産党県議団も同じ)。また、後援会事務所を兼ねた事務所の賃貸料や、携帯電話料金などにも、一切政務調査費を使っていない。 私に関して言えば、議会後に毎回発行し、旧南安曇郡と安曇野市に折り込み配布するチラシは、3万5000枚近くになる為、ネットで格安の印刷会社に発注している。地元の印刷会社に頼む県議も多いが、私の場合は枚数が多く高くなってしまうからだ。 こうやって来た結果、29万円弱が残り、無理に使い切る必要はなく、返還した。 それを、「仕事をしていない」と言いふらす、やれやれである。くだらない中傷はやめ、中身で勝負して欲しい。
20年以上も続いて来た小谷村中土の山村留学が廃止の危機にあるという、新聞記事をみて、先日、5月24日に調査に出掛けた。あおぞらでは、以前、旧山口村の越県合併の問題が取り沙汰されている時に、県境の村や地域は山口村だけではないと、県境の村・地域の調査に出掛けた。小谷村にも出掛け、自律に向けた一層の支援を県当局にお願いしたりした。 合併問題が一段落し、合併した所、自律した所など様々だが、その後県境の村や地域はどうなったのだろう。 小谷村では自律を選択したが、小学校3校を統合した。統合計画は、合併、自律に関係なく勧められていたようだが、結果として、中土地区では、中土小学校の学級数維持という目的もあって、これまで村も一緒に進めて来た山村留学制度が、中土小の廃校に伴い、村が支援しないことになり、廃止されることになった。 しかし、県下で2番目に始まり長年続いて来た山村留学を、やめてしまうのはあまりに残念だということで、何とか継続させようと中土の住民が立ち上がり、3人のスタッフ(写真)も半ボランティアのような状態でもなんとか頑張って、NPOとして支援会員を募り、存続させていくことにした。 山村留学育成会のある、中土のおたり山村交流センターにおじゃました。ここには現在、山村留学生として6人の子供達が親元を離れて暮らし、統合した小谷小や小谷中に通っている。異年齢集団での生活や、小谷の大自然や人情深さの中で、たくましく、生き生きと育っている子ども達の様子を見て、俳優の永島敏行氏は、「小谷村では山村留学生が、子供らしくそだっている。目が輝いている。いわば子供の'絶滅危惧種'と言っても、過言ではない。」と言ったそうだ。
小谷村は、24億円をかけて村民の交流拠点施設も兼ねた新小谷小学校を建設し、今年度から、村の全小学生がここで学ぶことになった。低中高学年ごとに、いわゆる壁で仕切られない造りで、オープンスペースも備えた、大変立派な校舎。学年間でクラスの枠を超えた授業形態を組むには、このようなオープン形態は良いと思うが、異学年でどのような使い方をするのだろうか?使い方はまだ研究中だが、とにかく、富山県にまで視察に行って建てた校舎だと、教育委員会は話していた。 各学年1クラス、子供の人数は1年生36人、2年生35人、3年生23人、4年生34人、5年生24人、6年生27人であり、長野県で進める30人規模学級(1クラス35人まで)に当てはめると、学年2クラスになる可能性のある人数、あるいは、ギリギリの人数の学年もある。 山村留学生が加わると学年が2クラスになり、教室が足りなくなるのでは?との疑問には、あとでおじゃました小谷村教育委員会の話では「低中高ごとにクワーエットルームがあり、若干現教室に比べると狭いが、もし、2クラスになっても、子供の数も少なくなるので、十分教室として使用可能」とのことだった。 教育委員会は「受け入れは可能」であるとしながらも、山村留学生支援に特別なお金を支出するのは、純粋な小谷の子ども達との間に差がついてしまうことになり、村長の方針は「村は援助しない、自分たちの力でやってくれ」ということだと言っていた。また、小谷小の校長としても、統合し全てが新しく始まったばかりの学校運営に力を入れたい、これまで中土小学校でやって来た山村留学生の親との交流などは、出来ないとのこと。 とは言え、「村としても、マイクロバスやスタッフ用に教員住宅を中土地域に譲渡したりはしている」と、教育委員会は言っていた。
山村留学制度は、これまで、中土小学校の子供数の維持に貢献して来ただけでなく、小谷村に、都会から親が来たり、大人になった山村留学生が来たりして、山村の活性化にも貢献して来た。また、過疎と高齢が進む山村地域にとって、より多くの子供の声や、スタッフの若者の存在が、大事なもののはずだ。 県として、山村や県境の地で頑張ろうとする人たち、やる気のある人たちを、なんとか支援することが、山村や県境の地の活性化に繋がる。 スタッフのみなさんは、「ペレットストーブや宝くじ号の車両など、物的な援助でも良いので、していただければ」と、言っていた。
あおぞら政務調査費収支総括報告書 |
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