2006 年
9 月
1 日
カテゴリ:活動報告
いってらっしゃい、やっしー!頼れるリーダー無き、今日からは‥
〜さわやか早苗日記407〜
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8月31日を最後に、田中知事が県庁を去った。これからは、田中康夫さんとして、「怯まず、屈せず、逃げず」の気概を抱いて、人から支えられるのではなく、人々に奉仕する存在としての人生を歩んでいくという。
31日県庁には多くの県民が集って、田中知事を送り出した。皆それぞれが、直接、あるいは心の中で、彼に声を掛けて見送った。みんなそれぞれ、どんな声を掛けたんだろう。 私は、「いってらっしゃい」と、声を掛けた。 田中氏は、信州・長野県から、日本を変えるために旅立った、私はそう思っている。
信州・長野県の知事ではなくなることが決まったとたんに、日本中の国民から、田中さんなら、この「信じられなくなってしまった日本」を「信じられる日本」に変えてくれるだろうという、期待のまなざして見つめられることになった。 私の埼玉の知り合いなどは、「急に、田中康夫さんが近しい人になった感じがする」と、喜んでいる。 来年の参議院選挙に出馬するという話も取りざたされている。新聞記者の知り合いは、「田中さんは、責任の重い知事のような立場より、批判が仕事の参議院議員のような立場の方がむいているのでは?」と言っていたが、私は、やはり、彼には国を変えて欲しい。これは、多くの国民が期待していることだ。 昨日は、県庁外に大きな布が広げられて、田中さんに送る寄せ書きを募っているグループがあった。北山さんも書いてと、誘われた。 私は、「いってらっしゃい、やっしー。日本を変えたら、帰っておいで!!」と書いた。
こんなに県民の関心を、政治に向けさせてくれた知事はいない。その田中知事が去ったあと、長野県民、一人一人はどうする? 田中康夫さんは、知事選結果は、県民が田中康夫からの「自主自律を選択」した結果であり、これからは長野県民は「自己責任の道」を歩むのだ、と言っている。 田中県政は、究極は、自律的な個人個人が、お互いに支え合いながらつくる社会を目指していたのだと思う。どんな境遇、立場であっても、例えば障がいをもっていても、年とっていても、努力している人が報われる、そして、その人は、前向きに頑張ろうとしている人たちを助ける、こうして互いに助け合い、ステップアップしていく社会、私はこんな風にイメージしている。 しかし、現実の社会は必ずしも努力している人が報われるわけではない。そのような社会では、持てる人は必死に既得権益を守ろうとし、格差は広がるばかりだ。 現在のこのような社会状況を変えるには、強力なリーダーシップを持った人が必要だ。 長野県民は、そのようなリーダー、田中康夫さんというリーダーを手放してしまった。やり方がマズい、性急すぎると言いながらも、田中県政の目指す所は正しいと認めていたのに。 リーダーなき今、長野県民は一人一人が小さなボートに乗って船出する以外にない。少なくとも、私は村井知事の操縦する、一見豪華そうに装っているが、何で出来ているのかさっぱり分からない船に乗る気持ちには、今は(これからも?)なれない。
私が、あおぞらの緊急アンケート調査『これまで6年間の(田中県政の)政策の中で、村井新知事に継続発展を望むものは?』を配っていると、「北山さん、頑張ってね」と、大勢から声をかけられた。私は「私、頑張りません。頑張るのは皆さん一人一人で〜す」と答えた。(私ががっかりしていると思い、気遣ってくれた人もいるかもしれないが・・・)
今日、2006年、9月1日からは、田中知事のように、頼りに出来る人はいない。 あなたは、どのようにして、「自律的な個人個人が、お互いに支え合いながらつくる社会」を目指しますか?
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