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2006 年 11 月 1 日     カテゴリ:活動報告
私設秘書の二人目登用はNo!、村井知事にはダム地点の再視察を
〜さわやか早苗日記418〜
 村井知事は、自身の衆院議員時代の私設秘書であった小林一巳氏を、県の任期付き職員として採用し、東京事務所次長へ起用する発令を今日行った。
 あおぞらの私と林奉文県議で、小林氏の登用については再考して欲しいと、一昨日30日に、知事代理の板倉副知事に申し入れた。
 村井知事が国会議員時代の秘書3人を任期付き職員などとして登用する意向に、県議会から「側近人事につながる」と反発を受け、9月県議会前にいったん「白紙」とし、今月1日付で私設秘書の平田太司氏を特別職の知事秘書に採用した。
 田中県政においては、任期付職員の採用そのものについても、多数会派が議会の度ごとに、厳しい批判を繰り返し行っていたが、今回は、その議員たちはこれを見過ごすわけか?
 申入書を受け取った板倉副知事は、「有能な人材なので、温か目で見守って欲しい」と言っていた。私たちとしても、人事は知事の専権事項であるため、余程のことがない限り反対はしないと考えて来た。しかし、知事自身の私設秘書をこのように次々に登用するやり方は、県民の間にも多くの疑問の声があり、賛同しかねる。
 このようにあからさまな身内人事については、今後、ぜひ差し控えて欲しいことも、申し添えた。

 さて、村井知事は30日、就任から約2カ月の間に市町村や各種団体からの陳情、要望が相次いでいるとし、「今後は新しい陳情は受けない」と述べ、自粛を求める意向を示した。
 「(道路整備の要望などは)地図を見ても素人では分からない。できる限り現地に伺いたい」とも述べたということだが、例えば、先日の浅川現地視察はどうであったか。説明したいという住民からの要望を無視し、前日の夕方視察を決め、土木部の案内で行った視察の中身は??
 浅川ダム建設予定地点だった所は駐車場から眺めただけ、当の浅川は草木に覆われて見えない。18分弱説明を聞き、その後上流の猫又池、そして下流へと駆け足で通り抜けただけの現地視察だった。住民曰く「現地に行ったという、アリバイづくりをしただけ」。

 このような村井県政に於いて、『12月県議会には浅川ダム復活?!』と懸念される中、昨日は、浅川・千曲川等治水対策会議の住民グループの皆さんが主催して、浅川ダム建設地点の地質問題を考えるための現地視察会が開かれ、県民30人ほどと報道関係者多数が、半日かけて、浅川ダム予定地を回り、私も参加した。
 私は一昨年、住民グループの一人である内山卓郎さんに案内していただき、浅川ダム予定地〜浅川下流の千曲川合流点まで、調査した。この時にわかった浅川ダムの問題点は、2004年9月19日〜22日までの日記に詳細にまとめてあるので、再読を。
 昨日は、同じく内山さんの案内で、ダム予定地周辺を詳しく見て回った。

 浅川ダム予定地近くの地附山(ぢづきやま)では、1985年7月26日午後5時頃、大きな音とともに大地滑りが発生した。この地滑りにより26人の命が奪われ、県が分譲した湯谷団地では、全壊家屋50棟の被害が出た。また、当時地滑りの様子がTV中継もされ、大事件となった。
 地滑りの規模は幅約500m、長さ(流出土砂末端まで)約700m、地滑りの深度30〜50mで、推定移動土砂量は500万uに及ぶ。地附山は大変脆く崩れやすい裾花凝灰岩層からなる山であるが、長い年月の風化により凝灰岩が変質してモンモリロナイトと呼ばれる粘土鉱物になり、この粘土化した部分が滑り面になって地滑りが発生したと言われる。
http://www.janis.or.jp/users/gann/100sen/bangai/bangai1.htm
http://www2.ueda.ne.jp/〜moa/jizukiyama.html
 実は浅川ダム予定地付近も、地附山に続く裾花凝灰岩層の分布地帯にあり、地滑りの巣になっている。なんと、浅川ダムのダム湖は地滑り指定地の中にある。
 ダム湖右岸の市ノ瀬(写真上)は91年、98年と地滑りが発生し、地滑り防止地域に指定され、地滑り対策として地下水位を下げるために、大きな井戸が何本も掘られたり、6000mにも及ぶ集水パイプが地中に入れられた。しかし、ダムが造られると地下水位は上がり、この水抜き対策は全く無意味になる。
 ダム湖左岸でも、1847年の善光寺地震の時に大地滑りが発生し、大土石流となって下流の集落をおそった。このときの様子は真田藩の大絵図に描かれているとのこと。善光寺地震では、大火災や、岩倉山の大地滑り破壊でせき止められた犀川が決壊した2次災害で1万人以上が亡くなったという記録がある。この大地震の震源地は、ダム湖左岸の地滑り発生地の、すぐ裏側であった。
 つまり、浅川ダム建設予定地域一帯は、大変崩れやすい地質である上に、活断層が走っている地帯なのだ。

 内山さんの案内で浅川右岸側、ダム軸予定地のあるブランド薬師山に登った。尾根は両側が昔からの地滑りで崩れたやせ尾根で、尾根から少し斜面を降りると、両側とも、線上の凹地(溝のように続く窪地)があった。
 かつて、吉村県政時に開かれた地滑り等検討委員会の委員である信大の北澤教授は、山の西側にあるこの溝を、「獣道でしょう」と言い、「ダムに影響のある第4紀断層(活断層)は無い」と、答申した。
 しかし、その後、田中県政になってからの2001年12月に、地質に詳しい松島氏と県職員と一緒に山の斜面東側にある大窪地(写真下左)の何カ所かをトレンチ調査した所、裾花凝灰岩とモンモリロナイトの層が重なっていた。
 実は、長野県が1992年にダム軸を決めるために掘った調査横抗は、活断層(F−9)に突き当たった。この断層沿いに上流に向かって50m掘り、更に上流に向かってF−9断層は続いていたが、調査はここまでで終った。ここをダム軸にするのは断念したわけだが、先の大窪地はちょうどこの活断層の上部の辺りとのこと。
 大窪地と活断層との関係が疑われる。
 この他にも、80年から県は何本もの調査横抗を掘っているが、適地は見つからないでいた。
 ところが長野オリンピックのためのループ橋を造る際、この道路をダムの付け替え道路として建設するために、ループ橋の位置に合わせてダム軸を決定してしまった。ダム軸はF−9断層を確認している地点から20m程先にあたるわけだが、この断層の詳細な調査は行われることなく、ダム軸が決定された。

 更に、ダム湖の中にも、2002年に松島氏によって発見され、複数の信大教授により活断層と確認された地点があり、内山さんに案内してもらった。ダムを造る際に浅川を迂回させるためのトンネル工事用につくられた道路の上で、地表からも断層が確認された(写真下右)。

 このように、浅川ダムは、地質的にダムには最不適な所に建設されようとしていたもの。地質の詳細な再調査なしに、ここにまたダムや、(ダムと同じで穴の位置だけ違う)河道内遊水池を造るということは、すぐ下流に広がる長野市街地に暮らす住民を危険な目にさらす可能性があるという観点から、許されないことだ。
 村井知事は、再度現地を詳しく視察した上で判断しないと、将来に大きな禍根を残すことになる。

 ところで、なぜこんな最不適地にまで、ダムを建設を無理強いすることになってしまったのか?それは、基本高水の数値決定のデタラメさにある。(次回に続く)
村井知事へ、私設秘書登用に反対の申し入れ


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