2007 年
8 月
7 日
カテゴリ:活動報告
全国に長野県の恥をさらした村井知事&土木部、委員の解任問題
〜さわやか早苗日記449〜
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今日の朝日新聞全国版に次のようなタイトルの記事が載った。『長野県、脱ダム2委員に辞職勧告 「同意なき解任」騒然』 内容は、「長野県公共事業評価監視委員会の委員を務める金子勝・慶応大学教授と保母武彦・前島根大学副学長らに対し、県が任期半ばでの辞職を勧告したことから、委員会がもめにもめている。2人は田中康夫・前知事時代に任命され、公共事業には批判的。共に『多忙』『家が遠い』という勧告理由に反発、保母氏は勧告拒否で留任が決まったが、金子氏は意思確認のないまま名簿から削除された。金子氏は6日開催の委員会に乗り込み、会場は一時、騒然となった。(全文は下記リンクへ)
私は、昨日6日、浅川(治水専用)ダムのことが、公共事業評価監視委員会で話し合われるかどうかに関心があり、傍聴席に居た。すると、始まる少し前に現れた人が、「席がないのでここに座らせていただく!」と怒ったように言いながら、いきなり私の横の傍聴席に座った。追って来たテレビカメラや新聞記者が、あっという間に取り囲んだ。一瞬、何のこと??とビックリしたが、「ああ、この方がこの前長野県から委員を解任されたと、新聞に書かれていた金子教授か」と、理解した。 金子教授は、「一方的に委員を解任されたようだが、今日の開催通知も来ないし、解任通知も来ていないため、けじめを付けたいと委員会にやって来た」「辞任するのはやぶさかではないが、どう考えても社会通念に反する非常識な点がある」とし、原土木部長宛に質問状を持参し、読み上げた。 1、通常の公式通知には委員長名と捺印された文書が送られて来ている。しかし、原部長名で送られて来た辞任勧告の文書には、捺印も署名もなかった。これは誰でも作れるものであり、良く送られて来る怪文書ではないかと判断したが、誤りか? 2、新聞報道等で解任されたと分かり、福田志乃委員長に電話したところ「金子は同意している」と事後報告を受けたと言ってたが、土木部は委員長に嘘をついたのか? 3、土木部は委員の解任についての決まりが無いと言うが、本人の同意がなく任期途中で勝手にやめさせることは、常識に反してはいないか?本来は委員長に諮るべきで、もし金子からの連絡がないなら、委員長と相談するのが常識ではないか? 4、監視される側(県)が、勝手に監視する側の委員を勝手にやめさせることができるのか?これが許されるなら、気にくわない委員はいつでもやめさせるということになり、公共事業評価監視委員会の独立性、権威が著しく損なわれるのではないか? 5、あとで5人ほどの委員に辞職勧告をしたと知ったが、委員会や審議会に於いて、任期途中で事務局がこのように多くの委員に辞職を迫ったことが過去にあるのか? 金子教授は、委員会に出席できなかった点では、自身にも問題はあるが、「実質公債比率が高い中で、公共事業費の総枠を決めてから、順位づけをするべき」という意見を送るなどしたと、述べた。 私は、実際に金子氏の話を聞き、県の行為は余りにひどく、しかも、今日は席まで無くされているとは、、、金子氏が怒るのも当然と思った。
ところが金子氏の質問に対する、原土木部長の答えが、これまた失礼きわまりないものであった。「金子氏は連絡先不明であり、返信用封筒を入れたが、返答がなかったため、これは異常なこと、継続する意志がないものと判断した」「解任の手続きは、委員の任命権者である知事が行なうもので、委員長が行なうものではない」「金子氏が送って来た意見は、一般論に過ぎない」「委員会では自由な発言を許し独立性は担保できている」 いったい部長は何様のつもりなのだと耳を疑った。しかも、答えになっていない。 土木部長名の辞任勧告文は3月26日付で出され、回答期限が30日となっている。県は、どうしても金子教授に連絡をとりたいなら、大学に電話して頼めば良いのに、していない。身勝手な辞職勧告の文書と、その回答期限の設定の仕方には、聞いていて、ほとほと呆れてしまった。 この部長の発言には、他の委員からも疑問の声が相次いだ。 塩原委員「部長は、知事の代わりにやったのか」 保母委員「知事の意志か」 田口委員「この委員会は趣旨からして、県と独立した形で存在すべきだ。県の介入である。これを認めるなら、委員会の存在意義が問われる。」 保母委員「委員の解任について決めてないのなら、やってはけないことだ。公共事業評価監視委員会は独立性の強い委員会であり、任命は知事が行なっても、組織が出来れば委員長が委員を守る責任がある」 福田委員長「私と県が話し合えていれば、当然この席に金子委員が着くことになっていたはず。意志があるなら、続投していただきたい」
土木部長は、やっと、「本来なら再確認すべきであった」と認めた。しかし、解任は知事の意志?という疑問には「年度替わりなので確認文書を出したが、返事がなかったので私の方で判断しましたと、知事には説明した」と答え、はっきりしない。 思い起こしてみれば、村井知事が昨年の知事選で勝って間もなく、NHKの公開討論会に出た席で、スタジオの大勢の県民の前で、ゲストの金子教授にコテンパにやられた。それは、村井知事の発言が「大企業を誘致すれば、借金をして公共事業を行なえば、景気が良くなる」という、余りに時代錯誤のものだったからだ。 田中前知事がやめる直前に審議会や委員会の委員を任命し、これを村井知事側は非難していた。しかし、あのテレビ番組を見た限りでは、県の監視役として金子教授の抜擢は、県民側からしてみれば、村井県政がバランス良い県政運営を進めて行くために必要と思えた。 それが、村井知事にすり寄りたい役人たちにとっては逆で、目の上のたんこぶのような金子教授を辞めさせ、点数かせぎをと、土木部が暴走したのだろうか?いずれにせよ最終責任者は知事であり、金子教授の解任問題に関して、村井知事は朝日新聞の全国版に書かれ、『長野県の恥をさらした』と言えるような、失態をおかした。
何故こんな事態を招いたのかと言うと、浅川ダム建設に見られるような、村井県政の手続き論を振りかざした、あまりに強引な進め方にある。要するに、『無理をするからボロが出た』のである。 金子教授の進退は、教授と県、委員長とであらためて協議することになり、教授は部屋を出た。委員会の最後には、浅川ダム問題を「審議すべき」という委員と、「審議する必要はない」という土木部との間でもめた。次回の日記で報告したいが、一つだけ書いておく。 2001年7月24日の新聞記事に、「公共事業の見直しについて県の判断を監視する『県公共事業評価監視委員会』(金子八郎委員長)が23日開かれ、これまで同委員会が『継続』との結論を出してきた県営ダムについて田中知事が『脱ダム宣言』で中止の意向を示したことなどに不満を示す発言が相次いだ。」とある。 つまり、田中県政では、任期途中で、知事の意向に沿わないからなどという理由で委員をやめさせることはなく、ダムの是非についても委員会で議論をしてもらっている。 これに対して、村井県政は、強引なダム建設の進め方、委員の解任、都合悪いことは審議させない等々、かなり危ない方向に向かっていることは、間違いないようだ。
朝日新聞記事リンク |
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