2004 年
3 月
31 日
素晴らしい轍の会の活動、ちょっと痛快だった県議会副議長選挙
〜さわやか早苗日記232〜
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高校の音楽教師だった竹村茂先生は、豊科町で「轍(わだち)の会」という合唱団をつくり指導している。バイク事故で高校生の息子さんを亡した母親の詩「轍」、太平洋戦争で学徒動員され特攻隊員として米艦隊に体当たりした一学生の詩「乳房橋」などに竹村先生が曲をつけ、合唱団を指導、指揮され、コンサートを行っている。 コンサートは交通事故死ゼロの願いを込め、チャリティーで行われ、交通安全協会に寄付されている。しかも活動は豊科だけに留まることなく、広めるために他の市町村に出かけていき、その地域で合唱団をつくり、1年ほど指導して、豊科の「轍の会」と合同でコンサートを行っている。これには頭が下がる。
昨年から大町で、合唱団大町「轍」をつくり指導してこられ、この4月24日(土)午後2時30分〜、大町文化会館でチャリティーコンサートを開く。 当日は、北アルプスなど素晴らしい自然を読んだ詩「ふるさと大町」に竹村先生が曲をつけた新曲も、大町「轍」と豊科「轍の会」の歌声にのって披露される。ぜひ多くの皆さん、聴きにいってください。入場料は大人1000円、小中高校生500円、チケットは傘木宏夫さんのNPO地域づくり工房で扱っています(連絡先0261-22-7601、npo@omachi.org) 。
今日は私の車で、地域づくり工房にチケット販売を頼みに、車を運転しない竹村先生をお連れした。以前大町高校の教師だったときは電車通勤し、今も、合唱指導に豊科から大町まで電車で通っている。車中で竹村先生と県議会の話などをしたが、豊科出身の宮澤宗弘議員が今度県議会の副議長になった話題が出た。 豊科に戻ってきてノートを買いに事務所近くの文房具屋さんに行くと、同じことが話題に。朝会った別の人から、同じ話題が。
副議長選はちょっと痛快だった。今期の議会から立候補制・選挙でとなったのに、噂によると、旧県政会の流れの会派で3年先までの議長・副議長人事を決めているとか。そうはさせないという思いの結集で、党派を超えて宮澤議員が選ばれた。 議長・副議長選挙が行われた3月21日の午前中までは、宮澤議員は副議長選に出ようか迷っていたとか。宮澤議員は長野県社民党系会派の県民協働ネットの代表だが、ご自分では反田中知事ではないと言いつつも、知事の東京出張などにはクレームをつけたり、黒沢ダムを造らなくなったことなどでも知事批判をしたり、議会の採決時にも、田中知事の改革を支持する立場とは決して言えない判断をされている。 でも今回私は、私とは改革支持仲間の協働ネット・永井議員に「議長は自民党になってしまったから(吉田芙士議員が共産党県議団・石坂千穂議員を46対12で破り議長に選ばれた。私は石坂議員に投票)、副議長は宮澤さんに出て欲しい」と話した。 共産党も副議長候補をたてようと考えていたらしいが、「ここは一致団結して、まず旧県政会の流れをストップさせましょうよ」という私たちの働き掛けに応じてくれたのか、共同戦線を張ってくれた。副議長選の結果は開票するまでわからなかったが、32対26で宮澤議員が緑新会・高橋宏議員を破り、旧県政会で正副議長独占にストップをかけ、副議長に当選した。前日の本会議で知事の提案がことごとく否決されていたので、胸がスカッとした。 さて宮澤宗弘副議長は、立候補表明演説で「議長とは違う、もう一つの立場を代表して副議長に立候補した」と言った。もう一つの立場には、私たちのような田中知事の改革支持の立場が含まれている。副議長職務での公正公明さは勿論だが、知事の改革をいつも阻止している自民党や旧県政会とは、違う判断や発言をこれからの宮澤議員には期待したい。
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