2004 年
7 月
12 日
目先のことにとらわれぬ心に、時間を超えて支持されるということ
〜さわやか早苗日記276〜
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9日(金)に、東京都府中市美術館で6/26〜8/15に行われている、『高松次郎ー思考の宇宙展』に行って来た。高松次郎(1936〜1998)は戦後の美術界に大きな影響を与えた現代美術の作家である。彼の作品には、見る人を不思議な世界へ誘う仕掛けがある。でも、それは単なる見せかけではなく、奥には、人やものが存在することへの問いかけがある。高松次郎は、「人がものを見て、それがその場にあると確認する仕組みは、いったいどのようになっているのか?」ということを、常に考え、作品にして行った。 高松次郎の作品は、ヴェネチア、パリ、カッセルなど海外の美術展で高い評価を得ている。えてして、日本で有名な芸術家先生は海外では相手にされず、一般に知られていない美術家の方が、海外では高く評価されている。これは、日本の美術界はピラミッド構造の中にあり、高松次郎はその外にいた作家だからである。
高松次郎の代表的な作品といわれているものに、影のシリーズや遠近法のシリーズがある。時間や空間の中で、物の存在を表現している作風は、これまでの美術という概念を打ち破るもので、それらが現代美術界の中で注目を集めていた頃に、高松次郎は若い現代美術の担い手を育てようと、塾を開いた。 塾生の募集が行われ、応募多数で抽選で決まった。抽選ではあったが、塾の課題がこなせない者は自分から辞めて行ったという。私の夫は塾の第2期生だったが、例えば塾の課題は、秋川渓谷に行き「ここで表現しなさい」というもの。そこにある自然の物などを使って表現したそうだ。 塾は2期半までで、高松次郎の病気で終わりになった。病名は肩凝り、教えることも高松次郎にとっては真剣、命を削るようだったのだろうと、夫は言っていた。塾生だった人は全部で30人ほど、夫を含めて長野県内に5人いる。 塾が終わりその後、高松次郎の作品はキャンバスに線や形を追求して行くものに変わった。変わったというより、本当はこれが本来の高松次郎だったのかもしれない。しかしこれらの作品は、常にセンセーショナルな物を求める現代美術界に於いて、物足りないように映ったのか、高松次郎の名前は美術界で耳にしなくなる。 でも、物と物、人と人が絡まり合うような様子を描いた作品は、宇宙の始まりを描いたようにも見え、私には奇麗な作品だなと思えた。美しい色や形や線で表現されている。
府中美術館の展覧会には、広い会場に高松次郎のいろんなシリーズの作品が展示してあった。金曜日の午前中というせいもあったが、人は少なかった。しかし、若い人が大変興味を持って見て行くという。夫は「俺が若い頃に高松次郎に惹かれたように、若い人が惹かれるんだな」と言った。
参議院選挙の結果を見て、憲法をないがしろにしたイラク問題や将来に不安を与える年金制度など、日本が大きな曲がり角に来ているのに、小泉首相は相変わらず居座りを続けている。「日本はおかしい、破滅の道を進んでいる」と思う人も少なくない。 私も、絶対入ってほしかった中村敦夫さんが落選しショック。公共事業をチェックし全国を飛び回り、日本を変えたいと良い仕事をしても、必ずしも政治家として世に受け入れられる訳ではない。高松次郎が世界的な良い仕事をしても、日本では一般的に殆ど無名なのと似ている。しかし高松次郎の作品が、目先のことにとらわれずに貧しくても純粋な心で物を考え見つめる若者たちに、時間を超えて支持される。同じく遠い未来を見つめて私利私欲なく仕事をする人は、皆の心の中で、静かに支持され続けるのだと思う。 こんな時だからこそ、長野県民は田中知事を選んだ意味をもう一度考えてみてほしい。
ドイツレポート<4> |
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