2004 年
12 月
8 日
12月県議会、長いものに巻かれたい議員と県民の覚醒を願う知事
〜さわやか早苗日記327〜
|
一般質問では、山口村の越県合併に関連して質問が相次いでいる。しかし、私には議員側の質問や意見は中身のない議論に思えた。知事が越県合併を提案をするのか、しないのかに終始しているからだ。 「出せ」という議員は、「村民の選択を知事が無視をしている」の一点張り。 では、なぜ村民が合併を選んだのか?それは、村長自ら「自律は破滅」と村民に説明した通り、財政的理由からだろう。国による合併のアメ(建設合併特例債)とムチ(地方交付税の削減)がなかったなら、山口村はおそらく山口村のままでいたはずだ。地方の小さな自治を壊そうとしている、平成の合併の本質を考えなくてはいけない。
私は、昨日一般質問初日の午後に質問をした。合併の本質と、あおぞらで調査して来た、山口村と同じように県境にありながら自律を決めた村や地域の紹介しながら、長野県としてどのように支援していくつもりか知事に尋ねた。 さらに、私は質問の冒頭に、『知事の提案説明の中に「長野県知事として、たとえ相対的には少数であろうとも、長野県民であり続けたいと願う方々を護らねばならない」「全ての県境の地で、今、この瞬間も働き、学び、暮らす県民の皆様に対し、一緒に歩みましょう、一緒に踏ん張りましょう、と申し上げたい」とありました。この言葉に、私は、知事の「住民による足下の小さな自治を護り、応援したい」という強い思いを感じました。』と言った。(質問の続きは、下をクリック) 私は、国に対する田中知事の毅然とした姿勢を確認させてもらった。
このような知事の姿勢に対して、議員の言葉は、「少数者意見の尊重は、民主主義に反する、少数者は『あきらめて』多数に合わせるのが民主主義」「山口村民は苦渋の選択をした」「越県合併に関しては、知事は単なる機関、意志に関係なく粛々と提案すれば良い。判断するは県議会だ」と‥‥。 長野県を愛し、小さくても輝く山口村で頑張りたいと願う村民に対して、何の思いやりもない。苦渋の選択とは、苦しくても自律を選んだ場合に使う言葉のはずだ。県境をまたぐ長野県の姿が変わってしまう合併に、知事の責任や権限が無いというのなら、県民の意思は無いということ。また、越県合併賛成議員が判断基準にあげているのは「村民意向調査」のみで、国の小さな自治潰しの合併の本質には目をつぶり、「小さいものはあきらめろ」という議員の姿には、小さな自治を護るのだという信念は、感じられない。
知事は何度も越県合併の意味を説明し、「軽井沢が東京と一緒になりたい、上高地が岐阜へ行くという事になったら良いのか?それはダメ、山口村は良いでは、山口村に失礼だ」と例を挙げ、だからこそ今ここで皆が考えることが必要なのだと、繰り返した。 私のところにこんなメールが届いた。「田中さんのいっていた、いまの山口村が、蓼科や軽井沢だったらどうかと比喩で考える想像力というのは、ほんとに大切な視点ですよね。ホンネでは、県民の大半は、山口村のことなんて無関心なわけですから。ああいう想像力を覚醒させることは、まさに県知事の仕事だと思う」
また、今日の一般質問では、あおぞらの林奉文議員が「大きい小さいに関係なく、自治体は皆平等だ、中津川市が山口村に来て長野県になったらどうかという、意見もあるが、知事はどう考えるか?」と聞いた。知事は「中央集権的道州制に対抗しうる申し出だ」と答えた。 夕方、山口村村長と中津川市市長が議案提出を求めて知事と懇談した。知事が「中津川が長野県にという意見が、県議会にある」と言ったら、国土交通省の役人だった市長は絶句していたそうだ。
北山早苗12月県議会一般質問 |
|
|
バックナンバー 最新20
|