2005 年
4 月
4 日
田中知事は応援しないという茅野氏の行動 (続き)
〜さわやか早苗日記368〜
|
(前回の続き)茅野実氏が「次期知事選には、県民益にかなう人を捜す」と言って、知事の後援会を退会した件に付いて、ある新聞に『政党や県経済関係者からは、次期知事選へ関与する意欲を示した茅野氏に「田中知事擁護のけじめをつけ、次の知事選は関与すべきではない」などの声も出ている』と書かれていた。 私に電話をかけて来た女性は「茅野さんの行動は節操がない。田中知事を応援したのなら見守るのが当たり前、それが出来ないなら、引っ込んで静かにしているべきだ。出たがりとしか思えない」と言っていた。 夫は仕事先で、普段、政治の話などしない人から、「茅野さんは、おかしくありませんか」と声をかけられ、驚いたと話していた。一般市民にも、茅野氏の行動は『?』に映っているようだ。
私が茅野さんと初めて話をしたのは、昨年の初夏、県の環境保全協会会長であるので、あおぞらの環境政策アドバイザーになって欲しいと頼みに行ったとき。 それまで、私は2000年知事選の際にテレビなどで見ただけの茅野さんに、長野県の経済界のトップでありながら、自転車て銀行に通う姿に、親しみやすい人柄だが、芯の通った真面目な方というイメージを抱いていた。おそらく、多くの県民も同じだろう。 しかし、実際に会ったときの茅野さんは、知事批判を繰り返し、鷲沢長野市長をほめていたせいもあるかもしれないが、私の持っていたイメージとは違っていた。 夕べは、以前に何度か茅野さんにお会いし、話をしたことがあるという方から電話があった。「茅野さんは、前は人の話に耳を傾けてくれる温和な人だった。しかし、最近マスコミなどでお見かけする茅野さんは、変わってしまったようだ‥‥」と。
茅野さんは長野県を変えるという大きな目的で田中さんを担ぎ出した。それが、泰阜村住所移転や山口村越県合併など小さなことで文句を言い、変わってしまった。 それに比べて、田中康夫さんはどうだろう。私は2000年の夏にまだ知事候補だった田中さんに初めて会ったが、田中さんは最初から今まで全く変わっていない。田中さんという木は、風が吹こうが雨が降ろうが、枝や葉っぱは揺れても幹は太くて揺れもしない。茅野さんには、大きな木すぎたのだろうか。あるいは大きな木すぎて、自分の思う方になびいてこないのが不満なのだろうか。 しかし、田中さんは特定の人のために知事になったのではない。県民のために知事になったのである。自分の言うことを聞かないから、もう応援しないというのは、やはりおかしい。
2月にあったしなやか会主催の知事を囲んでの集会には、長野県中から多くの県民が集まった。それを支えたスタッフの顔ぶれが、私にはとても嬉しかった。 最初の知事選からこれまで、田中さんの応援で集まった人たちの中には様々な人たちがいて、私もいろんな人に出会った。その中の、どちらかと言うと地味で人を押しのけるようなことはないけれど、純粋に田中知事の誕生を願い、私利私欲なくかかわった人たちばかりが残り、この間の集会のスタッフの顔ぶれは、まるで楽しい同窓会のようだった。勿論はじめてスタッフとして参加した人も含めて、同窓会のような雰囲気だった。もし田中さんが登場しなければ、いわゆる選挙や政治とは、無縁の人たちの集まりのように思える。 以前からこのような集会に参加しなかった茅野さんに、この間のことを話してもわからないだろう。 池田ふみたかでは言うことを聞かないから田中康夫を担ぎ出した、しかし、言うことを聞かないから応援はやめるという、単なる選挙好きの人にすぎないということだろうか。
|
|
|
バックナンバー 最新20
|