2005 年
11 月
6 日
理念無き、力と数の小泉や長野県議会は法華経の教えからほど遠い
〜さわやか早苗日記364〜
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虹の村診療所で法華経入門の講演があり、「南無妙法蓮華経」の意味を飯島光明氏から聞いた。 光明氏の師匠は戦争開始時に「天皇が神などと言ったら、諸外国から日本はおかしいと思われる、天皇は神に仕える人だ」と主張し、日本を追われアメリカに渡った。日本人は収監され、「この戦争はどちらが勝つと思うか」とアメリカ人に質問された。戦争を始めたのは日本だが、追い込んだのは諸外国だと思っていた師匠は、「日本が勝つ」と言った。すると、アメリカ人は師匠を「正直な人物だから悪いことはしない」と、丁重に扱ってくれた。 この時に、師匠は、心で日本は負けたと思った。理念がある国には神が宿る、アメリカは神様を基に建てられた国だと、つくづく感じたそうだ。 「ひ、ふ、み、よ、い、む、な、や、こ、と」という昔の数え方は「火、空気、水、大地・・・」と、全てが命そのものであることを表している。この命こそ神であり、唯一の神のもとに生まれたものは皆平等、最後の「と」は人間、人も全ての一部だと示している。このような数え方で、昔の日本には精神文化があったことがわかる。残念ながら、日本の精神文化は太平洋戦争突入以降狂ったままだ。
釈迦は派閥がそれぞれの神を主張しあって争う姿を憂い、神は信ずるものではなく、理解するものだと説いた。 この教えを訳した言葉が、『南無妙法蓮華経』・・・命を生み出した母に抱かれ(妙法=dhar-ma)ながら、全身全霊でお使えする(南無)ことにより、美を創造する本能に立ち戻る(蓮華)ことができる。
難しい話だったが、今の日本で大手をふるっているものを思い浮かべたりすると、とっても対称的で、理解できた。 真実や無欲なものを求める心、美しいものを創造したいと願う真摯な姿とはほど遠い、理念の無い政治家たち。力や数でねじ伏せたり、足を引っ張ったりすることが、当たり前の様にまかり通っていると思えてならない。 長野県議会も同じ。 いつものことながら9月県議会の理由なき人事委員案の否決、木製ガードレールとコモンズ支援車予算の全額削除、組織再編案は事実上の棚上げと言える継続審査。あおぞらでは賛成討論や、継続に疑問の立場から質疑をした(詳細は下記を)。 初めから否決ありき、あおぞら、トライアル、共産党を除く会派の親玉たちの密会で「今回は何を否決しよう」と決められるのが、県議会の現状。 10/29付けの県議会広報中の、「コモンズ支援車は再度全額削除」のイラストには呆れた。2月議会ですでに自ら認めた災害広報車とコモンズ支援車が同じような車だからと、全く同じ車のイラストで2台は不要と説明している。しかし災害広報車1000cc、コモンズ支援車は8人乗りのワゴンタイプで全く違う車、しかも平時は違う目的の車だ。同じイラストで県民の目をごまかしているのは明らか。 7月からやっと加えてもらえた広報委員の宮川議員の所には、このようなイラスト使用の説明はなかった。
県民有志が、県議会4会派が違法に政務調査費を支出したとして返還を求めた住民監査で、11/1県監査委員は、議長や前議長等が本人や親族が所有する建物と賃貸借契約をし、政務調査費から賃借料を支出したことは適当ではないが、作為的ではないので返還の必要はないとした。契約を交わしておきながら作為的でないとは、これもごまかし? **議員が実際に調査に行っていない5件については、報告書を訂正したので、もはや違法な支出はないというのも、?? なお監査に先立ち、10/26には監査委員長と返還を求められた議員による非公開の面談が行われた。
あおぞらHPの10/11の討論や質疑 |
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