2006 年
8 月
9 日
県民が悩み、考えた末、選んだ『脱・田中県政』と言うが・・・
〜さわやか早苗日記402〜
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選挙の間、違反にならないよう、更新しなかった日記を再び開始。その間に、長野県は天と地がひっくり返るような事になってしまった。 言うまでもなく、知事選で、村井仁612725票、田中康夫534229票で、新知事に村井氏が当選した事だ。その差は約7万8千票、田中氏は7ポイント(%)差で破れた。 県民の選択だから、結果は結果として受け止めよう、しかし、信濃毎日新聞の解説には「県民が悩み、考えた末、選んだのは『脱・田中県政』だった」とあるが、私には、県民が悩んだ末の結果とは思えない。なぜなら、ちゃんと悩んだ人は、田中氏に入れたからだ。
選挙期間中に、建設業に携わる方からメールをいただいた。「会社の所属する建設業組合などが激しいネガティブキャンペーンを行う中、社内では反田中の態度でいるが、不在者投票では田中氏の名前を記入して来た」というものだった。 その理由は、まず、「 常々、県議には、あんなに田中知事のやり方が気に入らなければ、自分たちから誰か出ればいいと思っていたが、告示1ヶ月前になってやっと担ぎ出したのが、衆議院2区で民意により落選(比例復活当選)した村井仁候補だった」ということ。 そして何よりも、「この選挙、戻るのか進むのか、借金を作るのか減らすのかと考えた時に、私には不満もありますが、田中氏を選択し、子供への責任、社会への義務を果たしたい」という事だった。 会社への罪悪感もないわけではなく、その興奮もあって私に思わずメールを書いてしまったと結ばれていた。 旧体制のままの県議会への不審感と、目先の利益ではなく子ども達の未来を思いやった時に、悩んだ末、田中氏を選んだのだ。
これに対して、村井氏に入れた人はどうか? あるJAの関係者は、「住民同意をきちんととらずに、稼働させようとしていたごみ処理施設を、白紙に戻しストップさたのは田中知事である」と説明しても、「田中知事は林檎の選別施設設置に補助金をくれなかった」という理由で、村井氏を応援した。ごみ処理施設からの公害と林檎への影響を心配していた人なのに。 村井氏当選の新聞写真で、村井氏と握手している障がい者団体のある人たちは、高校の統合で、身障者対応の施設のあった通信制高校が、別の高校に統合される事に反対していた人たちだ。県教委は統合先にもエレベータをつけたり、身障者対応にすると言っている。また、田中氏は、選挙期間中であるにも関わらず、高校統合の進め方に異議を唱える人たちと夜11時すぎまで2時間以上も話し合いをもって来た(写真の人たちもいた)。人の意見を聞くといっている村井氏がこのような話し合いをもってくれたのだろうか? それにも関わらず、田中氏からは自分たちの思いどおりの返事がなかったからと言って、彼らは村井氏に入れたのだ。 しかし、国の障害者や高齢者などの弱者切り捨て政策に対して、厳しい財政運営が迫られる中でも、借金を減らしながら、福祉、教育、医療に県の単独予算をつけ、障がい者のタイムケア、宅幼老所の設置、30人規模学級、就学前の子どもの医療費無料化の実施などと、踏ん張って来たのが田中県政だ。
選挙の次の日の7日、私はNBS・月曜スペシャルという番組に生出演した。出演依頼は選挙前からあった。信大の都築勉教授、田中氏を応援する立場の県議として私、村井氏を応援する立場で小林実県議、そして、新知事として村井氏が出演した。 『新知事に問う』という内容だったのだが、なぜか村井氏は、15分で帰ってしまった。東京へ行くとの事だった。 私は聞いてみたい事が沢山あったのだが、やむを得ない、1度の質問チャンスだったので、一番聞いてみたい事を2点質問した。 「選挙中の討論会で2度村井さんの話を直接聞いた中で、わからない事が二つあった。村井さんは、『借金は地域の宝である』と言っていたが、国からの交付金が減る中で子ども達につけを残さない県政運営をどう考えるか?また『長野県はなくなっても良い、道州制になり、長野県はどこで切れても構わない」と言っていた。81の市町村を輝かせると言うが、自律を選択した山間の小さな町村を、具体的にどう支援するのか?」と聞いた。 村井氏は「借金は宝の山とは言っていない、借金を減らす事ばかりやっていて、家がボロボロになっては子や孫に住める家が残せない。県土は手入れが必要だ」と答えた。 二つ目の質問は内容を忘れ、「あのー、えー」と言っていたら、アナウンサーが口添えし、「住民に一番近い市町村に、権限と財源を移す。小さい所は地域の特色を生かす道を工夫するしかない」と答えた。 これを見ていた県民に方々から、後で、「村井さんが『赤字財政(借金)は資産だ、地域の宝になっているという逆転の発想が必要だ。借金してでも、国の補助事業を行うべき』と、言っていたのをちゃんと聞いている。番組に抗議のファックスをした」「村井さんは具体的なことを何も言わずに、当選した。具体的な事が何もないから、北山さんに突っ込まれては困るので、15分で帰ったのではないか」などと、電話やメールをいただいた。 番組の趣旨は、これからの県政を考える前向きなやりとりにして欲しいという事だったし、まだ知事としての仕事を何もしていないうちから非難することを、私は避けたが、この人に、任せて良いのか?という疑問は、やはり日に日に増してくる。 「小さい所は自助努力しろと言わんばかり、そうしても、やって行けないほど、あなたのいた政権与党が、財源を委譲せずに交付金を削って来ているのが実態。国の道州制と合併推進論者の村井さんは、長野県をどうするつもりなのか?」などと聞いてみるのは、県議会までお預け。
県議会とマスコミの反田中キャンペーン、老人会等の各種団体にまでしっかり食い込んだ組織固め、去年の衆議院選挙と同じような自民党の中身のないイメージ作戦に、目先の事のみを見て、将来の事や本質を考えようとしない県民は、「ちょっと変わって欲しい」と、なあんとなく村井氏に入れてしまったのだろう。決して、悩んだ末ではない。 ちゃんと悩んだら、自分の事ではなく、未来を考えて投票する。 とはいえ、本来、私やマスコミが評価する事ではない。今回の長野県民の選択は、歴史の中で評価を受けるのだ。
田中氏はどうだったか?諏訪地方の得票数が多い。これは、災害復旧に田中知事が尽力した為だ。人命が失われた岡谷市に至っては、高校再編問題で多くの反対があったにもかかわらず、58%とっている。 選挙戦期間の半分以上、田中氏は災害復旧の公務に明け暮れ、知事としての職務を全うした。しかし、その姿は、マスコミには大して取り上げられず、諏訪地域以外の県民には理解されなかったようで、残念だ。 パフォーマンスが過ぎると言われ、自分の為に仕事をしている等と言われた田中氏、しかし、何と言われようと県民の為に尽し、今回の選挙では、県民がどう評価してくれるかを真っ正面から問うたのだ。 自分の選挙が終った次の日から、また次回の県議選の為の活動が仕事の県議たちとは、対局にある。 橋本大二郎高知県知事は「田中康夫氏は県民の立場で、良い仕事をした。ご苦労様でしたと言ってあげたい」と語った。
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