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2007 年 5 月 14 日    
しがらみのないあおぞらの活動報告<2>、地方自治と憲法など
〜さわやか早苗日記439〜
 憲法改正手続きを定める国民投票法案が、今日14日の午前、参院本会議で採決され、自民、公明両党の賛成多数で可決、成立する見込みだ。
 昨日は、自治体問題研究所主任研究員の池上洋通氏の講演『いま地方自治と憲法を考える』を聴いた。長野県住民と自治研究所総会記念講演として行なわれた。

 池上氏は、まず、日本では、聖徳太子の「和をもって尊しとなす」にあるよう、平和を愛することは、憲法9条が制定される以前からの民族的伝統だと、説明した。
 「家康は朝鮮半島に特使を送り秀吉の侵略を謝罪し、それ以来、江戸時代は対外的戦争は行なわなかった。年中戦争をしていたヨーロッパとは対称的。豊臣以前も、攻められることはあっても、こちらから仕掛けることはなかった。日本ほど平和を愛する国家はなく、その意味では、明治維新から現代までが異常。」「国民投票法成立から3年間憲法改正法案は出さないと言っているが、この3年間が100年後にバカだったと思われるかどうかの、日本史上、極めて重要な時代である。」と。

 次に、池上氏は、現行日本国憲法の『第8章 地方自治』について話した。
 「日本政府の訳に依る公式な英文憲法では、『地方自治』を『LOCAL SELF-GOVERNMENT(地方自治政府)』と訳している。中央政府の権利と地方自治権は対等であり、95条にもあるように、一の地方公共団体のみの適用される特別法の制定を、過半数の住民の同意なしに国会が定めることは出来ない。」
 「大日本帝国憲法には地方自治についてはなく、中央政府の意のままだった。日本国憲法は、『章』によって地方自治を初めて定めた先進的な憲法であり、地方自治は住民によってしか動かせないと規定している。」
 また、「憲法に書かれた『住民』とは、その地方自治体に定住している人であり、国籍は問われない。また、法人住民税を課していることから『住民』には法人も含まれる。」と。私は、県が浅川問題などで住民意見を聴く際に、「住む方と勤め先が市内にある方」とする意味を納得。

 池上氏はここで、『人民』と『国民』の違いを説明した。
 『国民』とは、まず国家があって民がいる、国家の存在を前提にしてその構成員として人々を捉える言葉である。
 これに対して、『人民』とはまず人民がいてどんな国家をつくるか決めるのであり、国家を形成すると決定した人が『人民』である。
 日本国憲法は人民主権の憲法、権利主体は人々、『人民』であり国家ではない。憲法前文の書き出しに『日本国民は』とあるが、憲法の公式英訳の前文では、『We Japanese people(我々、日本人民は)』と訳していることから、憲法でいうところの国民は『人民』であると解る。
 憲法の英訳では、国民は(日本国民の要件を定める)10条に『Japanese national』と書かれ、前文のpeopleと区別されている。
 先の『LOCAL SELF-GOVERNMENT(地方自治政府)』と言い、『We Japanese people(我々、日本人民は)』と言い、英訳では日本国憲法の本旨が明確なのに、なぜ日本文ではそうなっていないかというと、今の憲法が大日本帝国憲法の改正憲法であり、当時の帝国議会で決められ、天皇制を望む官僚達が人民主権であると明示することを避けるために「地方自治」「国民」とした。
 ちなみに、今検討されている改正憲法案には、『We Japanese people(我々、日本人民は)』とはじまっている現行憲法の前文がないという、これからしても、改正憲法は相当な眉唾もんだ。

 現行憲法が保障する人民主権では、政府の目的は「すべての人の基本的人権を実現し、幸福にすること」であり、それが出来ない政府は、人民がそれを変革するか、取り替えることが出来る。
 この政府の目的は、個人の日常生活の場で個人に奉仕する政府の活動がなければ達成できない。そこで、中央政府とは別に、住民を権利主体とした住民に依る政治的共同体と、その政治組織が必要になる。これが地方自治である。
 つまり、一番小さな単位の地方自治体が、一番優先されるべきものである。

 地方自治を考えるとき、もう一つ重要なことがあると、池上氏は言っている。それは地域のもつ自然的・社会的条件ということだ。
 人間社会は、地域社会の自然的・歴史的条件を重視して運営されなければならないが、現代社会の最大の課題とされる環境問題はこの原理を投げ捨てたことから起きた。地域の環境性を無視した産業計画による各種の公害が、人々の基本的生存権を脅かした経験からも明白である。
 もちろん、現代社会において(地球温暖化防止など)地球的規模・国際的課題の解決など国家全体の統一性が重要であることは明らかだが、これは中央集権のみを優先する国家構想とは区別されなければならない。住民自治・団体自治の必然性は、このような観点からも確認されるべきものだ。
 
 私は、廃棄物処理施設建設に反対する安曇野市三郷北小倉地区の住民自治について思った。
 「業者が行なった住民同意の手続きに不備があった」とし申請を差し戻しとした県の行為を、不服として業者が裁判を起こし、間もなく判決が出る。国の法には住民同意を求めることは明記されておらず、県の廃棄物処理施設設置規則に書かれている事柄であり、それを裁判官がどう判断するかが、注目される処である。
 しかし、憲法からすれば、一番優先されるべきは小さな自治である。地域社会の自然的・歴史的条件を無視した経済優先の廃棄物処理施設建設が、地元の同意なしに進められて良いはずはない。
 飯山では、一旦建設稼働を許した堆肥センターと地元との間で、市長の立ち会いのもとに結ばれた協定も全く無意味、13年間も苦しめられた。田中前県政において、堆肥センターの違法行為(不法投棄)を突き止め、やっと操業停止。先日、三郷の方達は、この話を飯山市民から直接聞いた。
 以前、県民の皆さんと私たちが主催して開いた、ゴミ弁連の梶山正三弁護士を講師に招いた廃棄物問題の学習会で、梶山氏が「廃棄物処分場建設に反対すると、『あなたもゴミを出すでしょう、だから受け入れなさい』と言われるが、反対するのは当たり前の権利、他人の便所まで引き受ける必要はない」ときっぱり言い切った(2004,1/31の日記参照)。
 この言葉は、私の廃棄物処分場問題を考える上での原点なっているが、その基本は、憲法にあることを、あらためて、池上氏の講演を聞いて確認した。
 ゴミ問題は国策の誤りである。その責任を、一地域で引き受ける必要は無いのである。皆が嫌と言えば良い。そうなれば、行政は政策を変えざるを得ない。変えない政治は取り替える。
 田中前県政が、「出来るだけ埋めない、燃やさない」めざし、実現につとめるための条例を制定しようとしたのは、当たり前のことだが、多数の県議らによって棚上げ、廃案となった。一刻も早い住民の立場に立った廃棄物条例制定が望まれるところだが、条例を待たずしても、地域住民の同意なしに廃棄物処理施設が造られたり、稼働したりするのは、憲法に反している。
 池上氏の講演は、「地方自治体の政府は、中央政府のゆがみを正す機能を持つ」と結ばれた。


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