2007 年
11 月
25 日
ダムと地滑り・・・埼玉県秩父にある滝沢ダム&二瀬ダム<1>
〜さわやか早苗日記463〜
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友人で、ダム問題やヨーロッパの河川での再自然化などを調査しているジャーナリストの保屋野初子さんから、「埼玉県の秩父で、試験湛水中に地滑りがあり押さえ盛り土などの対策工事をした後、再び湛水を始めたら、最初に地滑りが発生した隣で斜面崩壊が発生したダムがあるらしい」と聞き、ぜひ行ってみたいと話していた。 情報をくれた保屋野さんの知り合いの、応用地質研究会の人たちが巡検で、23、24日とこのダム付近の地質調査をするというので、長野県民の皆さんと同行させてもらった。
このダムは、滝沢ダムと言い、埼玉県秩父市大滝(旧秩父郡大滝村)にある、高さ140m、総貯水量5955万tの重力式コンクリートダム。荒川の治水利水計画の一環をなす多目的ダムとして昭和40年代に計画が始まり、水資源機構によって進められ、平成11年にダム本体の建設着手、17年5月に完成したダムである。 同年10月から試験湛水を始め、最低水位(標高495m)まで超えたあたりで、ダムより1.5km上流の左岸斜面に亀裂が発見された。そのため水位を下げ、18年1月〜8月まで地滑り対策工事を行い、再び試験湛水を開始、洪水期制限水位まで貯めた(標高537m)。ところが常時満水位(標高565m)に達しないうちに今度はダムより1km上流の左岸斜面で亀裂が発生し、水を抜き始めたところ、斜面が崩壊してしまった(19年5月)。 ”上の写真”で、ダム湖のすぐ上のコンクリートやアンカーボルトで固めてある所が2度目の崩壊現場、その左側の斜面が最初の地滑り発生の斜面である。 なお、19年度までの総事業費は2320億円にもなっている。
応用地質研究会は、コンサルタント会社にお勤めの方、東京都の職員の方、元通産省の役人で今は住民運動の手伝いをしている方など様々な立場の方が集まっているが、地質の専門家ということでは共通している。そこで、まず最初は滝沢ダム周辺の地質の調査から始まった。 以前に水資源公社から滝沢ダムの水没地位域の総合調査を依頼された、調査団(主に大学の先生や埼玉県の高校の先生たち)の一人であり、地形と地質を担当されたMさんが講師として参加してくれ、ダムサイト近くにある沢の路頭に案内してくれた。 Mさんによると、滝沢ダムのあるところは、四万十帯と呼ばれる白亜紀(1億4000万年前〜6500万年前)に泥砂が積もってできた強い変形を受けている地質だ。奈良県にある”地滑りダム”の大滝ダムのある所も四万十帯とのこと。 更にMさんは滝沢ダムの北側(左岸)の山に、ダムに平行して白秦断層が走っていると言う。この断層から北は秩父帯と呼ばれるジュラ紀(2億年前〜1億4000万年前)に出来たもので、四万十帯よりも古い。 案内してくれた沢にある路頭は、2つの地層の境がはっきり見えるもので断層の可能性があるという説明だった。(写真下、右)
ダム湖左岸の地滑りがこの断層によるものなのかは、はっきりしないが、対策工事がしてある現場を歩いてみた。ここにはかつて滝ノ沢という集落があったが、ダム建設に伴い水没家屋を含む全ての世帯112戸が移転した(移転完了は平成8年)。家は全て片付けられ木が植えられ、集落だったという跡は、石垣や、お寺があった跡と綴った石碑と無縁仏をまつる碑に、わずかに見られるだけだった。 ダムが完成して試験湛水を初めたところ、地滑りによる亀裂が発生した場所は、まさに、この集落があったところで、伸縮計があったり、地滑り対策ようの集水井は10号まで確認できた。(地滑り対策はダム湖水面の下でも大々的に行われ、湛水してあるため見えなかったが、押さえ盛り土やアンカーボルトを打ち込むなどの工事が行われた。) 不思議だったのが、”奈良県大滝ダムとの違い”である。大滝ダムでは、移転したのは水没家屋だけ、水没しない白屋集落は「地滑りを起こす可能性がある」と住民が訴えても移転対象にはならず、試験湛水を始めると住民の予想通りに地滑りが発生(平成15年)、結局全戸移転となたが、住民は3年近くも仮設住宅住まいをするはめになった。(詳しくは6/26早苗日記参照) ところが、秩父の滝沢ダムでは水没しない家屋も含む集落全戸移転が、平成8年に行われたというのだ。地滑りが起きることを国も予想していたということなのか?
夜は、同じ秩父市大滝にある二瀬ダムのダム湖横にある旅館に泊まった。夕食も地元産のキノコの天ぷらやイワナの塩焼き、岩茸やユズの酢の物、イノシシ鍋と、素朴な地元料理を出してくれる、とても良い民宿旅館だった。 ところが、旅館の主人の話では、「ここの地域では地盤沈下が起きている」と言うのだ。 二瀬ダムは、1961年に完成した高さ95m、総貯水量2690万tの重力式アーチダムである。滝沢ダムと山を一つ挟んで南にあり、目的は滝沢ダムと同じく荒川流域の利水治水のためのダムである。50年も前に造られた二瀬ダムは、土砂や流木などがたまり耐用年数も来ているとのことで、国交省はダムのかさ上げを計画、98mのダムを170mにしようと調査を始めた。 旅館の主人の話によると、「地盤沈下は、二瀬ダムの水位を落とす時に引きずられて沈下、年に7回水位を落とすが、その時には家がきしんで鳴る」とのこと。沈下はダムが完成して15年ほどたってからひどくなり、コンクリートで建て替えた旅館も、隙間ができたりドアが閉まらなくなったり壁にひびが入ったりしているとのことで、現場を見せてもらった。旅館の外も道路や駐車場はひび割れ、家の下のコンクリート壁も大きなひびが無数にあった(写真下、左)。 「ダムの水が引くと家が動き出すことからして、ダムの影響以外にないと」訴えても、国は「地滑りの可能性はない」、県は「国に言ってくれ」と言うのみだった。地滑りの調査は以前からしていたようで、伸縮計も近くに据えてあったが、データなどを住民は教えてもらっていないとのこと。ダムのかさ上げ計画をきっかけに、本格的にボーリング調査などを始め、来年8月に結果を発表すると言っているそうだ。 旅館の主人は区長もしており、ダムのかさ上げで水没する以外の家屋も含め、滝沢ダムのように集落全ての移転を望んでいるようだった。(続く)
滝沢ダムHP |
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